2日前、こんな記事を書きました。
子供のために病と戦う理学療法士の話「みんな繋がっているということ」(オオサコさんという方のpolcaプロジェクト支援の記事です。)
2日前、こんな記事を書きました。
子供のために病と戦う理学療法士の話「みんな繋がっているということ」(オオサコさんという方のpolcaプロジェクト支援の記事です。)
さて、最近私は、Twitterである方のあるツイートを、不自然じゃない程度にリツイートしまくっています。
そのツイートがこちら。
今回は読書感想文風にいきます。(偶然同じ”西野”ですけど、そこはあえてスルーで。)
今新しいサービス(コミュニティ)を創ろうと構想を練っていますが、私のコミュニティ内では活発にお金のやり取りをしていきます。そこで、ここでちょっと私が思うお金の本質について書いておきたいと思います。
変化の激しい世の中で、少し未来に合わせて人生の舵を取ることが今後必須になってきそうです。
この前、私は以下のようなツイートをしました。今後のPTの働き方はこうなっていくでしょう。やっぱり、肩書きや資格なんてあんまり関係なくなっていきますね。うん、間違いない。
行動の結果は実はどうでも良いのではないかと思っています。
私の本業で所属するリハビリ業界では、臨床経験が豊富だとそれだけで人間関係が優位になりやすいです。現状では、先輩・後輩の関係にはどうしても越えられない壁があります。
主体的に生きることは、人が幸せに生きるための必須の条件だと思います。そこで、どうやったら主体的に生きることができるのか考えてみました。
なにか物事を考える時、論理的に考えることが大切だと思いますが、本当にそれだけで良いのでしょうか。実は論理的に考えるだけは不十分な場合があります。
よく成功者とか言いますが、それって一体どんな状態を指すのでしょうか。また、どんな人が成功者になれるのでしょうか。
”オカルト”とは、”超自然的、神秘的なもの”と定義されます。
前回「職場でいじめられていた,極貧で無能な理学療法士の話」という記事を書きました。意外と反響があったので、今回はその続編を書いてみました。
またまた自分語りで退屈かもしれませんが、もし良ければお付き合いください。
私はつい最近の2015年まで、
で理学療法士として働き、極貧生活を送っていました。
最近、「経済的に自由になる方法!」という言葉をネットで見かけました。他にも平等を謳い、正義を声高に主張する団体・組織が世の中には結構たくさんあります。