
脳卒中片麻痺の方のリハビリについて、ガイドラインと臨床で患者さんを診させてもらった自身の経験を元に詳細に紹介しています。
脳卒中片麻痺 発症直後:急性期のリハビリ
急性期ののリハビリのガイドラインとリハビリの実際の内容をご紹介します。
急性期のリハビリ ガイドライン
- 廃用症候群を予防し、早期のADL向上と社会復帰を図るために、十分なリスク管理のもとにできるだけ発症後早期から積極的なリハビリテーションを行うこ とが強く勧められる(グレードA)。その内容には、早期座位・立位、装具を用いた早期歩行訓練、摂食・嚥下訓練、セルフケア訓練などが含まれる。
- 脳卒中ユニット、脳卒中リハビリテーションユニットなどの組織化された場で、 リハビリテーションチームによる集中的なリハビリテーションを行い、早期退院に向けた積極的な指導を行うことが強く勧められる(グレードA)
- 急性期リハビリテーションにおいては、高血糖、低栄養、痙攣発作、中枢性高 体温、深部静脈血栓症、血圧の変動、不整脈、心不全、誤嚥、麻痺側の無菌性 関節炎、褥瘡、消化管出血、尿路感染症などの合併症に注意することが勧めら れる(グレードB)
出典)日本脳卒中学会 ガイドライン2009
急性期 運動障害に対するリハビリ
- 脳卒中後遺症に対しては、機能障害および能力低下の回復を促進するために早 期から、積極的にリハビリテーションを行うことが強く勧められる(グレードA)
- 発症後早期の患者では、より効果的な能力低下の回復を促すために、訓練量や 頻度を増やすことが推奨される(グレードA)
出典)日本脳卒中学会 ガイドライン2009
急性期のリハビリ 臨床での実際
脳卒中片麻痺の早期(急性期)のリハビリでは発症から約1か月までのことを指します。
この時期でのリハビリの目的は、臥床状態による二次的な廃用症候群の予防が最優先となります。
具体的には、
- 肺炎、褥瘡、拘縮などの新たな障害・問題が発生しない様にする。
- 呼吸、循環、筋力、認知機能など、身体的能力や精神機能の低下を予防する。
ことを優先してリハビリを行っていきます。
さらに、廃用症候群を予防しながら、早期から積極的にADL(日常生活動作)のの向上を目指す機能訓練を行うことで長期的にみてQOL(生活の質)の向上を図ることを最終目標とします。
具体的なリハビリの内容
積極的に離床を促すことが廃用症候群の予防には一番ですが、脳卒中片麻痺の急性期のリハビリにおいては様々なリスクがあります。
運動の過用や誤用を避け、特に脳が障害される脳卒中片麻痺では意識障害、バイタルサインに注意する必要があります。
良肢位保持(ポジショニング)・体位変換
運動麻痺のため、あるいは意識障害のため寝返りが自らできない方には良肢位保持と体位変換を促し、疼痛、褥瘡、肺炎、浮腫の予防を行います。
肩~上肢
特に麻痺側の肩関節は肩関節周囲の筋肉が麻痺することで支持性・固定性を失い、疼痛が出現しやすいのでポジショニングが重要です。
感覚障害があり、寝返りができる方も麻痺側上肢を無理な肢位で動かすことも多いので、良肢位を指導します。
褥瘡
褥瘡が起きやすい部位は、背臥位では、
- 仙骨部
- 踵部
- 肘頭
- 肩甲骨部
- 後頭部
側臥位では、
- 肩峰突起部
- 腸骨部
- 大転子部
- 膝関節顆部
- 外顆部
です。
これらの部位に長時間圧が掛からない様にクッションやタオルを使ってポジションを調整します。
褥瘡について詳細は褥瘡とは?好発部位や原因を知って褥瘡予防を!
拘縮
拘縮は、
- 足関節底屈
- 股・膝関節屈曲位
- 腰椎前弯
- 頸部伸展位
になりやすいです。
背臥位で寝ている時間が多いとこのような形で拘縮が進みます。
これは抗重力筋の筋緊張のメカニズムによるところが大きく、背臥位で寝ていると、腰背部の筋緊張が亢進し、まず腰椎が前弯してきます。
それに伴って姿勢が変化していき、上記の様な姿勢になると言われています。
筋緊張については筋緊張ってなに?痙性って?筋緊張のメカニズム緩和の為の治療法など解説
関節拘縮の原因については関節可動域制限の因子・原因、エンドフィールについて
同肢位保持による異常な筋緊張を和らげ、拘縮を予防するためにも2時間毎程度に肢位を変更することが重要です。
関節可動域訓練
意識障害がある場合は他動運動による体幹、骨盤帯のROMも含めて愛護的に行います。
意識障害が無ければ自動運動・自動介助運動も行います。特に麻痺側肩関節は疼痛が出現しやすいので注意が必要です。
肩の痛みに関して
リハビリを開始して活動性が増すことで肩関節の疼痛が出現、あるいは増悪することが多いです。肩の痛みが増悪すると動作にも悪影響が出ます。これを防ぐために充分注意すべきです。
具体的な対処法として、多くの中枢系疾患の患者さんは、
- 運動麻痺により肩の不安定性が増すこと
- 体幹・骨盤の抗重力活動と肩の可動域に相関性があること
- 肩関節の動きが全身の複合運動であること
などの特徴があり、これを考慮すると
- 抵抗のない範囲で愛護的な他動運動、自動運動を行う。
- 強い痛みを伴う急性炎症の症状があれば、安静を原則とする。
- 体位変換時、移乗動作時の上肢の管理を促す。
- 下肢の運動であっても、抗重力位での運動であれば、両手を組んで行ったり、常に上肢を意識してもらう運動を心掛ける。
- 上肢に対して体を動かすだけでなく、体の動きに上肢が付随するように動作の中でも上肢を意識して指導する。
- 座位でいきなり急な肩関節屈曲運動をするのではなく、手掌をベッドに付けて徐々に荷重するなどの運動で、上肢だけに過剰に負荷が掛かりやすい運動をできるだけ制御する。
などの対策が考えられます。
ベッドのギャッジアップ・座位保持開始基準について
早期離床は急性期のリハビリの鉄則であり、ガイドラインでもグレードAで、強く勧められています。
離床に繋げるためにはまずベッドギャッジアップ肢位での保持・座位保持練習を経由しなければなりません。
急性期は病態も安定しないため、下記の事項に注意してギャッジアップ・座位練習を行っていきます。
- 脳卒中の進行が止まっていること
- 意識レベルがJCSで1桁以上であること
- 起立性低血圧がないこと
- 血圧が開始時より30㎜hg以上低下した時は中止
- 脈拍が開始時より30%以上増加した時、あるいは120/分以上の時
参考)林田ら:急性期脳卒中患者に対する座位耐性基準 総合リハ17
ベッドのギャッジアップに関しては食事介助などで看護士が先駆けて行っていることが多いので、看護師に情報収集することも大変有効です
座位訓練では両足底を床に着け、麻痺側に荷重を乗せる訓練を行うことで、麻痺側体幹の抗重力伸展運動を促通していきます。
端座位保持が15分経過してもバイタルに変化が無ければ、立位練習に移行していきます。
立ち上がり・立位・歩行練習について
立ち上がり動作
麻痺側への荷重を促しながら立ち上がり訓練を行っていきます。
普通に立ち上がってもらうと、多くの場合麻痺側下肢が伸展しており、荷重が乗っておらず、使用できていないので、セラピストが麻痺側下肢を引きつけた状態で反復して行います。
脳卒中ガイドラインでも立ち上がり訓練は早期離床に効果があるとされており、臨床でも積極的に行っていくべきでしょう。実際に臨床でも頻繁に行われる訓練です。
立ち上がり動作及び立位保持の効果として、
- 精神的賦活
- 非麻痺側筋力維持及び強化
- 麻痺側下肢荷重による抗重力筋の賦活
- 車椅子への移乗動作練習
- 骨盤の動的コントロールの再学習
があります。
立ち上がり動作練習のメリット
日常生活の中で使える抗重力伸展運動である点です。正中位での立ち上がり動作が行えるように訓練するだけでなく、病棟の看護師や家族様に協力を得て、日常的に訓練を行うことが最も重要です。
立ち上がり訓練のバリエーション
- 途中(膝軽度屈曲位)での保持、途中での骨盤の左右への動揺
- ゆっくり座る動作を意識する
などがあります。
足関節背屈位で立ち上がり動作が行いにくい場合は装具を使用するか、簡易的に弾性包帯で足関節正中位に固定することで立ち上がり動作練習が行えることがあります。
立位保持練習
アライメントは荷重連鎖を正しく行うための条件であり、適切に運動が行えているか判断するための重要な材料にもなります。
身体重心の位置は成人で第2仙椎やや前方にあると言われており、骨盤の適切なコントロールが静的・動的な立位練習において重要です。上肢のリーチ動作を行う際も、体幹及び骨盤帯のコントロールを行い、適切な抗重力伸展運動を促す必要があります。
はじめはアライメントを他動的に修正しながら行い、徐々に患者さん自身の感覚で修正するように指示して、運動感覚の再学習を進めていきます。
姿勢制御は最終的には無意識で行われることを目指しますが、初めはセラピストの細かい介助と患者さん自身の意識的な修正が必要です。
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早期の歩行練習
高齢者や重度の運動障害であればあるほど非麻痺側側の下肢・体幹の筋力の果たす役割は大きく、少しでも麻痺側の抗重力筋活動を獲得できるようにしたいものです。
そこで、立位や歩行などの抗重力運動が大きな役割を担います。
また、歩くことによって、生物として根源的な喜びがあり、患者さんのモチベーションの維持にも繋がります。

重度な下肢の運動障害には長下肢装具を使用することが望ましいです。
絶対に一人では歩けない、麻痺側下肢が重度の麻痺で荷重すると膝折れしてしまう様な方でも、長下肢装具で後方より介助しながらであれば歩行練習を行えます。
また、サイドケインなどの歩行補助用具などの福祉用具をどんどん利用して、抗重力位を行う、保持する、抗重力位で運動を行う、ということは大変重要です。
脳卒中片麻痺 回復期のリハビリ
回復期のリハビリでは、急性期を脱し、比較的病状が安定する時期なので、積極的にリハビリを進めていきます。
回復期のリハビリ ガイドライン
- 移動、セルフケア、嚥下、コミュニケーション、認知などの複数領域に障害が 残存した例では、急性期リハビリテーションに引き続き、より専門的かつ集中 的に行う回復期リハビリテーションを実施することが勧められる(グレードB)
- 予後予測による目標の設定(短期ゴール、長期ゴール)、適切なリハビリテーショ ンプログラムの立案、必要な入院期間の設定などを行い、リハビリテーション チームにより、包括的にアプローチすることが勧められる(グレードB)
- 合併症および併存疾患の医学的管理を行いながら、後述のさまざまな障害や問 題に対して、薬物療法、理学療法、作業療法、言語聴覚療法、手術療法などの 適応を判断しながらリハビリテーションを行うことが勧められる(グレードB)
出典)日本脳卒中学会 ガイドライン2009
回復期 運動障害のリハビリ
- ファシリテーション(神経筋促通手技=Bobath法、PNF法、 Brunnstrom法など〕は、行っても良いが、伝統的なリハビリテーションより有効であるという科学的な根拠はない(グレードC1)
- 下肢麻痺筋に対する機能的電気刺激やペダリング運動は歩行能力の向上や、筋再教育に有効であり、通常のリハビリテーションに加えて行うことが勧められ る(グレードB)
出典)日本脳卒中学会 ガイドライン2009
歩行障害に対するリハビリ ガイドライン
- 起立─着席訓練や歩行訓練などの下肢訓練の量を多くすることは、歩行能力の改善のために強く勧められる(グレードA)
- 脳卒中片麻痺で内反尖足がある患者に、歩行の改善のために短下肢装具を用いることが勧められる(グレードB)
- 痙縮による内反尖足が歩行や日常生活の妨げとなっている時に、脛骨神経または下腿底屈筋運動点のフェノールブロックを行うことが勧められる(グレードB)
- 痙縮により尖足があり、異常歩行を呈しているときに腱移行術を考慮しても良 い(グレードC1)
- 筋電や関節角度を用いたバイオフィードバックは、歩行の改善のために勧められる(グレードB)
- 慢性期の脳卒中で下垂足がある患者には機能的電気刺激(FES)が勧められるが、 治療効果の持続は短い(グレードB)
- トレッドミル訓練、免荷式動力型歩行補助装置は脳卒中患者の歩行を改善するので勧められる(グレードB)
出典)日本脳卒中学会 ガイドライン
回復期のリハビリ 臨床での実際
できるだけ早く自宅や施設に帰れることを目標に訓練を実施します。課題志向型訓練と呼ばれ、できるだけ生活環境に近い(自宅で訓練できれば理想ですが)状況で訓練を行うことでADLの向上を図っていきます。
また急性期の病状が安定しない、リスクフルな状況を脱する患者さんも多いので、運動負荷量を増やし、退院後自分でできる運動指導を行うか、サービスを調整し、運動を継続できる環境設定を考慮していきます。
回復期で重要な”運動学習”の概念
筋力がある程度付いていても、片麻痺の方は効率的な運動ができないことが多いです。
野球のバッターでいくら筋トレだけをしても、ホームラン王にはなれません。ホームランを連発するには、必ずバッティングフォームを練習して磨きます。効率的に筋力が活かせないからです。動作の中で筋力を上手に使おうと思ったらこの「フォーム」を練習することが必須です。これはリハビリにおいても同様です。
この時に重要な概念が『運動学習』です。
特に体幹部や中枢部の固定性が得られないと、どうしても末梢の動きが円滑に行えません。
脳卒中片麻痺の方は、本来ないはずの過剰な活動や異常なパターンが出現しやすくなります。中枢部の固定性を上げる訓練としては、”ニーリング=両膝を付いて運動をすることで骨盤周囲筋の促通を図る”など代表的ですが、例えば側臥位でも同じで、側臥位で肘をついて体を保持するだけで、肩甲骨の固定性の向上が図れ、上肢の運動の改善に役立ちます。
末梢を円滑にコントロールし、動作を遂行するためには、特に股関節の固定性・安定性が大切です。荷重・適切な伸張、タッピングなどを行い、筋収縮の適切なタイミングとバランスを練習していきます。
運動負荷の目安
退院後の自主トレ指導や、今後の運動を継続的に行うために患者さんに適切な運動量の目安を把握してもらうことは大変重要です。
分かりやすい目安として、心拍数を計測する方法が活用しやすいです。
最大心拍数=(220-年齢)×0.6~0.8程度での運動をするように指導するとよいでしょう。もちろん呼吸疾患などがあればもっと軽くするあるでしょうが、回復期のリハビリで自分の適切な運動量を感覚的に知っておく、という経験は患者さんにとってその後の大切な宝になることは間違いないです。
まとめ
リハビリの大原則として、個別性を考慮することが大切ですので、一概にリハビリ内容を規定することはできませんが、脳卒中のリハビリではある一定の原則や流れが存在します。
この記事が、患者さんの個別性を活かしたその人に適したリハビリを考慮する時の参考になれば幸いです。