
『運動失調症』ってなかなか理解するのは簡単ではないですよね。
臨床で遭遇する頻度は決して多くはないですが、運動失調のリハビリは考え方が他と違うため、悩んでしまいがちです。そこで、運動失調の病態と原因、具体的なリハビリの方法についてまとめました。
運動失調症ってなに?
運動失調とは、「筋活動の秩序の崩壊、協調性の不全状態」と定義され、本質的には共同運動の障害で運動を円滑に協調させて行うことができなくなった、全般の症状のことを指します。
運動失調症を発症すると、ぎこちない動きになったり、普通のことをするのに上手くできず、時間がかかるようになってしまいます。
分類
運動失調症は、神経症候学的には大きく分けると、
- 小脳性
- 脊髄性
- 前庭迷路性
- 大脳性
- 末梢性
に分けることができます。
小脳性失調症
普段、私達の体は、主動作筋、拮抗筋、共同筋など様々な筋肉が協調し合い、合理的かつ効率的な運動を行っています。
この運動のことを共同運動と言います。
そのためのプログラミングをしているのが小脳です。
小脳が障害されると、この運動のプログラムが上手くいかずに、共同運動不全と言われる状態になります。
共同運動不全では、運動を構成する時間的・空間的協調性を失い、筋や神経がバラバラに作用してしまうので、円滑な運動が困難となります。
小脳性の運動失調症による共同運動不全では、主に以下の7つの要素により運動が阻害されます。
- 測定異常(ジスメトリア)
- 変換運動障害
- 運動分解
- 共同収縮不能
- 企図振戦
- 時間測定障害
- 筋トーヌス低下
原因
小脳血管病変
小脳梗塞と小脳出血があります。
椎骨脳底動脈のうち、
- 後下小脳動脈、(PICA)
- 前下小脳動脈(AICA)
- 上小脳動脈(SCA)
が障害されると小脳性運動失調が起こります。
小脳梗塞では、後下小脳動脈(PICA)領域の梗塞が多いとされ、小脳出血は上小脳動脈からの出血が多いとされています。
梗塞・出血部位で注意すべきポイントは、中脳・橋・延髄の障害では非常に小さいものでも運動失調症状が強く表れる場合が多いことです。
一方で、血管病変による運動失調の場合、初期のめまいや座位不安定感が消失した後は一般的に失調症状の回復について予後は良好とされています。
小脳腫瘍
- 髄芽腫小脳星細胞腫
- 上衣腫
- 血管芽腫
- 転移性腫瘍
などがあります。
悪性の程度、生命予後、機能予後、化学療法の有無、放射線治療の有無などによってリハビリの内容を充分に検討する必要があるので、主治医との緻密な連携が必須になります。
悪性腫瘍の患者さんは、
- 易疲労性
- 化学療法・放射線治療の副作用
によりリハビリがうまく進まないことも多いため、医療チームで連携をしっかりとって計画的に進めていく必要があります。
リハビリ開始時より、単に機能面だけをみて計画を立てるのではなく、ADL、QOLを考慮して予後に見合った長期的な計画を立案するように心がける必要があります。
小脳変性症
運動失調を主症状とする進行性・退行性疾患群を総称して脊髄小脳変性症(SCD)といいます。
これらの疾患は運動失調が主症状として現れますが、錐体外路系および自立神経系の変性も伴うことが多く、注意が必要です。病型によっては痙性麻痺を主症状とするタイプもあります。
本当に病型が多様で、多系統萎縮症(MSA)に分類されるものもあり、Shy-Drager(シャイドレーガー)症候群やパーキンソニズムを呈するものもあるため、症状の分析が必須です。
これらの疾患の多くは緩徐進行型が多く、症状の進行に合わせて柔軟にリハビリプログラムを変化させていく必要があります。
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脊髄性失調症
脊髄後索の障害により、固有覚が障害され、フィードバック制御が行えなくなることで、円滑な運動制御が行えなくなるため、感覚性失調症とも呼ばれます。
視覚による代償が可能な点が小脳失調症との判別点であり、ロンベルグ徴候が陽性になります。
小脳性と脊髄性の判別方法については下の表にまとめています。
「小脳性運動失調と脊髄性運動失調の判別」
症状 | 小脳性 | 脊髄性 |
深部感覚障害 | ₋ | + |
閉眼の影響 (ロンベルグ徴候) |
– | + |
測定障害(ジスメトリー) | 最後に目的物に到達する | 目的物に到達できない |
振戦 | +(企図振戦:何かをするときに振戦が出現する。) | 粗大振戦 |
歩行 | 酩酊歩行(よろめき歩き) | 床を目視しながらパタパタと歩く |
言語障害 | + | – |
深部反射 | 軽度低下 | 消失(後根障害がある時) |

立位の患者に両手を体の横に揃えて目を閉じる様に指示して、身体の動揺の変化を検査する、簡単に行える脊髄後索の障害を評価する神経学的な試験のことです。
評価する上でのポイントは、
- 足を揃えて立つ。
- 1分間で身体の動揺が開眼時とどう変化するか観察する。
- 陽性の場合転倒するので、支える姿勢を取っておき、充分注意する。
- 陽性の条件は、開眼していると倒れないのに、閉眼すると倒れる。
になります。
原因
脊髄癆(せきずいろう)が有名です。
脊椎症性脊髄症、圧迫性脊髄症や腫瘍などで脊髄性の麻痺に伴い運動失調症状を呈することがあります。
前庭迷路性失調症
小脳性や脊髄性運動失調と異なり、四肢運動失調が現れるのではなく、起立・歩行の平衡障害(バランス障害)が主症状になります。
ロンベルグ徴候では脊髄性の場合は閉眼と同時に急激に身体動揺が現れるのに対し、閉眼で身体動揺が徐々に出現し、ゆっくりと振幅の大きい動揺を示します。
特徴的な症状として、閉眼した状態での足踏みで足跡が星跡を描く、星型歩行があります。これをBabinski-weil徴候と呼びます。
原因
代表的なものはメニエール病、前庭神経炎があります。
大脳性失調症
- 前頭葉
- 側頭葉
- 頭頂葉
の障害で運動失調を呈することがあります。
視床病変での視床症候群でも運動失調を呈することがあります。
症状としては小脳性運動失調とかなり似ています。
末梢性失調症
腓骨神経の末梢神経障害により足部の背屈・外反筋が麻痺した場合、ロンベルグ試験をすると後方か側方に転倒しそうになることがあります。
これを末梢性ロンベルグ徴候陽性と言い、末梢性失調症と呼ばれます。
糖尿病性のニューロパチーで末梢の感覚が低下していて運動失調を呈する時もこの末梢性運動失調に分類されます。
運動失調症の評価
運動失調の症状の本質は協調運動障害にあり、共同運動が上手く行えないことに起因します。
なので、協調運動障害の評価をベースとして以下の項目を評価していきます。
- 筋緊張異常
- 体幹失調
- 立位平衡能力(バランス能力)
- 歩行障害ー酩酊歩行、失調性歩行
- 四肢の運動失調の程度
- 時間測定異常
- 共同運動不全
- 反復運動障害
- 企図振戦
- 跳ね返り現象
- 指示障害
- 重量感覚の障害
- 書字障害
- 言語障害
運動失調の運動療法・リハビリ
運動失調症の患者さんをリハビリする時にぜひ覚えておきたい概念があります。
「パフォーマンスにおける、運動学習のフィードバック・フィードフォワード」です。
”フィードバック”と言う言葉は療法士や医療業界では日常的に使われており、馴染みのある言葉ではないでしょうか。
医療系の実習生のレポートの添削のことを「フィードバック」と言ったりします。
”フィードバック”とは、運動療法の場合には運動の結果を認知してその後の運動をより適した形で行うように制御することを指します。
一方フィードフォワードはあまり聞き慣れない言葉で、私は初めて聞いたときは「フィードバックの逆だから・・・・ん???」とピンと来ませんでした。
運動学習におけるフィードフォワードは、運動の結果をあらかじめ予測して、望ましい結果を運動が生じる様に制御することで、あらかじめ(運動が始まる前)運動プログラムが頭の中に出来上がっていて、それを遂行する時に制御する働きのことです。
フィードフォワードについて、より具体的な説明はこちら”バランスって何?臨床におけるバランスの捉え方を分かりやすく解説”
小脳の働きはまさしくこの「運動のプログラム」を作るところなので、小脳性の運動失調では重度に運動時のフィードフォワード機能が失われます。
しかし、障害の程度にもよりますが、小脳を外科的に切除したのならともかく、完全に失われることは考えられないので、フィードバックを使いながら、フィードフォワード機能を再構築するようなリハビリを行う必要があります。
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フランケル体操

フランケル体操は脊髄癆の患者に視覚で代償して運動制御を促通する目的で19世紀末に考案された古典的な運動療法です。
視覚の代償を利用することがこの体操のポイントで、小脳性運動失調患者の場合、眼振や複視の有無を確認してから適応する必要があります。
徐々に課題の難易度を上げていくのですが、最初は臥位あるいは座位で上下肢を目で目視しながら定位の目標物に向けて動かす運動を行います。
肢位だけでなく、単関節の単純な運動から複合的な共同運動へ移行していきます。
慣れてきたら、立位・歩行での運動練習に移行していきます。

フランケル体操を行う上でのポイントは、
- 注意を集中させること
- 正確性を重視した運動を行うこと
- 反復すること
の3つです。
重り負荷での運動
上肢・下肢の末梢に重りを負荷することで固有感覚を賦活することにより、運動制限を促通する効果があり。運動失調症状の異常な動揺を抑えることができます。
固有感覚は運動の方向・速度、筋力によって知覚されます。
重錘を使うことでこれら感覚が賦活され、対象者は運動にフィードバックを利用しやすくなります。
通常、重りの重さは上肢では250gから500g程度、下肢では500g~1000g程度とされています。(参考:理学療法技術ガイド)
弾性緊縛帯
上述の重り負荷と同じ発想で、上肢・下肢の近位部を弾性包帯で圧迫すると、上下肢の過剰な運動が妨げられ、運動失調性の動揺を軽減する効果があります。
プレーシング
上下肢を一定の肢位で保持させることを”プレーシング”と言います。
運動失調症では動作時に筋の共同運動が行えず、円滑な動きが行えませんが、その前に上下肢を保持することも難しい場合があります。
その場合は、プレーシングから練習して、ニュートラルな筋の同時収縮を運動学習させることも有効です。
固有受容性神経筋促通手技(PNF)
私が参考にした文献では、PNFも運動失調に効果的とされていました。
PNFアプローチの基礎知識と基本テクニックの概要をリハビリの臨床で応用できるように説明
運動失調では運動を行う前に肢位保持(holding:ホールディング)と言う運動学習を行うことが効果的と言われていて、PNFのリズミックスタビライゼーションを応用し、保持した上下肢に外乱刺激を与えて筋の共同収縮を促すという治療法があります。
上述のプレーシングのやや難易度高めの応用運動とも言えそうです。

まとめ
運動失調は特徴的な症状を呈し、リハビリの方法も少し工夫が必要です。
疾患の特徴を理解して適切なリハビリを提供できるように心掛けたいですね。
<参考文献>
>>次の記事は「筋緊張って何?痙性って?筋緊張異常のメカニズム、治療法を解説」です。