
リハビリテーションでは、「疾患により失ってしまった元の生活を取り戻すこと」」を基本的に目標にしています。よって、当然リハビリを受ける患者さんのほとんどが、何らかの疾患によって障害を負ってしまうという辛い現実を経験しています。
身体が回復しても”心が回復しない”
訪問リハビリで各家庭を訪問させて頂くと、どうしても心が前向きになれない方は、身体が回復の兆しをみせていても、とても回復が遅くなってしまうことが良くあります。
色々な文献を見ていても、脳卒中はうつ病を合併しやすかったり、他の疾患でもうつ病があると回復がゆっくりになってしまうことが示唆されています。
私達PTは、身体の専門家として身体の状態を詳しく評価し、リハビリプログラムをオーダーメイドで提案しますが、その時に意外と置き去りにされがちなのが「心の回復」です。
「専門外だ」と思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、ニューロリハビリや最近の疼痛の研究などでも、精神状態と体の各器官のパフォーマンスは切っても切り離せない関係にあることが証明され始めています。
そこで、今回は基本的なことですが、障害受容のプロセスについて自身の臨床経験を踏まえながら説明していきたいと思います。
障害受容とは
人が脳卒中など、なにかしらの後遺症を患ったときに、「以前は簡単にできていたことができない」という非常に強烈な喪失感を感じることがあります。
「真っ直ぐ立つこともできない、洗面所で顔も洗えない。」
少し考えただけでもすごくショックな状態であることが想像できると思います。
人の心は、その時に、変わってしまった自分の身体と自身の頭の中で認知している現実世界との間に強烈な違和感を感じます。
その違和感を正しく捉えて、認識を現実に即した形に適応させていくことこそが障害受容のプロセスだと定義できます。
障害受容のプロセスで有名な研究では、
- コーンの分類
- フィンクの分類
があります。
障害受容のプロセス「コーンの分類」
コーンの分類では、障害受容のプロセスとして、
「ショック→回復への期待→悲哀(悲嘆)→防衛→適応」
という過程を経ると説明されています。以下に詳しく説明していきます。
1.ショック期
ショック期は発症・受傷直後の時期で、現実に起きていることが「自分自身とは関係がない」というような衝撃を感じている段階を指します。
ショック期は初期の治療を重点的に受けている時期でもあり、「治療を受けていれば元の状態に回復できる」という意識を持っている場合も多いです。
少し意外かもしれませんが、「あまり悲壮感はなく、心理的には安定している」とされています。まだ障害を現実として捉えることができていない時期と言えるでしょう。
2.回復への期待
ショック期を過ぎると、自分自身に起きていることを否認し、すぐに治るだろうと思い込もうとする段階になります。
現実に自身の身体に障害があることを受け入れることができるようになりますが、その程度や障害による生活への影響にまでは考えが及ばす、正確に受け入れることができません。
過剰な回復を期待しやすい時期です。
3.悲哀(悲嘆)
この段階になると、徐々に現在の自身が置かれている状態や状況を現実的に理解しはじめ、「自分の価値が無くなり、全て失ってしまった」と感じる段階になります。
この段階に来て、ようやく激しい喪失感と共に障害の全容を現実的に受け入れることができます。
4.防衛
前向きに捉えることで、障害の全体像を把握できはじめる段階です。もし前向きに捉えることができなかった場合は、心の平静を保つために防衛機制を多用することもあります。
5.適応
障害を受け入れ、「障害は自分の個性のひとつであり、それによって自分の価値が無くなることはない」と考え始める段階です。少しずつ、他者との交流も積極的になってい場合もあります。
障害受容のプロセス「フィンクの分類」
フィンクの分類では、
「衝撃(ショック)→防衛的退行→承認→適応と変化」
という経過を辿ります。
1.衝撃(ショック)
強い不安から混乱状態になり、無気力状態に陥る段階です。コーンの分類とは異なり、心理的に不安定な時期とされています。
2.防御的退行
自分自身の状況を否認したり、反対に過剰に回復に対する期待を持つ段階です。
3.承認
色々な葛藤がありながらも、少しずつ自分自身の置かれている状況を理解していく段階です。心理的に前向きになったり、悲観的になったり揺れ動くことが多い時期です。
4.適応と変化
新しい価値観を見出し、現在の自分自身を受け入れる段階です。他者と交流したり、「リフレーミング」と言われる、既存の自分の中にある価値観を再構築するような考え方ができるようになります。
障害を負った時、家族はどう対処するべき?
障害を患ってしまった方の家族は、上記の障害受容の過程を把握しておくと良いと思います。
しかし、これだけを知っていると完璧という訳では当然ありません。私はこの知識を持っていたとしても、何も障害受容に対して知識がないよりは少しまし、といった程度のものだと思っています。
障害受容のプロセスを簡易に分かりやすく分類したものが上述のコーンとフィンクの分類であり、明確に発症後3か月はこの時期にある、と言い切れるようなものでもありません。
そこには個人差や環境の違いによる差が大きく存在しています。
家族は「今はショック期だから何を言ってもしょうがない・・・」ときっぱり諦める、というような姿勢ではなく、それでも何かできることはないのか?と常に相手の様子を観察しながら想いやる姿勢が必要なのではないでしょうか。
それは家族にとっても決して楽なことではありませんが、いつどんなタイミングでプロセスの次の段階に進めるのかは誰にも分かりません。
常にチャレンジできるように準備をしておくことが大切ではないか、と自身の臨床経験から感じています。
スポンサーリンク
実際のリハビリでの障害受容のプロセスは教科書通りにいかない!
障害受容のプロセスについて私が学校で習った時には「へぇー!」と感心したものですが、実際に臨床で障害のある方々にたくさん接していると、とてもその通りに行かないことが多いです。
人の心はそんな簡単で分かりやすいものではありません。
障害の程度が重いとか軽いとかそんなことは関係なく、その人ができなくなってしまったことばかりに目を向けている時期には、こちらから前向きな提案をしたところで受け入れてもらえることはありません。だって、患者さんにとっては「そんなことできる訳ない」あまりに無謀な話としか思えないのですから。
時には「ひたすら待つ」という方法を取らざるを得ないし、それが最善の方法という場面もあります。
しかし、全く同じ提案でも、できることに目を向け始めている時期に提案してみると、「う~ん、やってみようかな?」と思って頂けることもあります。
そして、そのチャレンジで療法士も一緒に頭を悩ませながら一生懸命工夫して結果が出れば、それは患者さんの自己効力感(セルフエフィカシー)を高める非常に有意義な経験となります。
「できないと思ってたけど、やってみたらできることもあるんだ!」
そういった経験を何度も何度もリハビリを通して経験してもらうことで、徐々に「あんなこともやってみようかな?」と患者さん自身が自然に考え始めるようになります。
「こんなことやりたいんですけど・・」って患者さんから言ってもらえるようになれば、こんなに嬉しいことはありません。
そうなって初めて「その患者さんらしさを取り戻した」と言えます。つまり、心のリハビリのゴール=心が回復した状態と言えます。
よって、身体の機能がいくら回復していても、自分からやりたいことをやってみようかな?と思えないようであれば、それはまだ心が回復できていないのかもしれません。
心と身体、両方の回復がセットで初めて本来のリハビリの効果が出る
リハビリにおいて、心と体の回復はセットでなければなりません。心が回復していない患者さんは、諸々の活動を自ら積極的に行うことが少ないため、身体の状態だけ良くなってもすぐにまた弱ってしまいます。
決して本当の自立とは呼べない状態ではないでしょうか。
古く、少し前のリハビリでは、特に理学療法士は身体の専門家、動作の専門家などと言われていました。
しかし、身体も動作もそのパフォーマンスや維持に感情や心の情動、そういったものが深く関係していることが明らかになっています。
いくら特化した深い専門性を持っていても、今後は身体しか診ていないのであれば、恐らく時代に取り残されていくでしょう。これからの療法士は、心と身体を相関的に診れることが必須になると思います。
そのためには患者さんをよく観察し、細かい発言や表情の変化を見逃さない関わり方が重要になります。
リハビリもご存じだと思いますが、他の多くの仕事と同じようやはり人と人との関係性が大きく結果を左右します。
そこには専門家や治療家という鎧を脱いだ、本来の「人と人」としての純粋な関わり方が重要なように筆者の経験から感じています。
悲しい絶望的な気分の時に前向きな提案なんて必要ないかもしれない。
でも、一方である人にとってはそれが必要かもしれない。
そういったことを相手の様子を注意深く観察しながら一つ一つ探っていくしか方法はないのです。
障害の受容は簡単ではないですが、リハビリでは避けて通ることはできない非常に重要な問題です。ぜひ今回の記事を参考に一度考えてみてはいかがでしょうか。