
今は何でもネット検索すれば簡単に情報を得ることができます。
しかし、これだけ情報が溢れる現代では、昔には重要であったであろう「情報を得ること」そのものよりも、「情報を精査し、取捨選別すること」の方がより大切で、より価値を持つようになってきています。
便利なことこの上ないネットの様々な情報。しかし、どんなものにも光があれば影があるものです。
眉唾物の情報も溢れているネットの情報をどのように精査し、より質の高い情報を得るためにどうすればよいのか、考えてみました。
ネットの健康・医療情報は正しい?
私は医療従事者の端くれなので、ネットで特に注意して見ているのが、健康・医療系の情報です。
「灯台元暗し」という言葉があるように、人間、自分のことに興味はすごくあるのに、自分の身体のことは意外とわかっていないものです。
よって、質の低い、本当かどうかわからない情報を掴んでしまいがちな分野でもあると思います。
ネット上にあふれる情報で、最も目にする機会の多いものが、ダイエットや美容に関するものだと思います。
私が思いつく限りで最近有名なところでは、
- 酵素ドリンク
- 水素水
- 黒酢ダイエット
- 糖質制限ダイエット
などがありますが、そのほか、たくさんのダイエットに関する商品やサービスがネットにあふれています。
よく、「ネットの情報を鵜呑みにしてはいけない!」という話を聞きます。しかし、私は、これらの情報を鵜呑みにしてはいけない、とまでは思いません。
鵜呑みにしても良いとは思うのですが、「発信されている情報の真意をしっかりと知ったうえで、あえて情報に流されてみる」ことが大切だと思っています。
例えば、ネットでの情報発信がこれ程まで盛んになっているのは、そもそもなぜでしょうか。
そこにはあまり一般的には知られていない裏側があります。
ネットユーザーには見えないもの
私はブログを運営しています。今みなさんが見ているこのブログのことです。
つまり私は、ネットで情報発信をする側にもいるし、ヘビーユーザーとしても毎日ネットを利用し、検索もしまくっています。
毎日両者の立ち場に行ったり来たりしていると、「ネットユーザーonlyの方には見えていないものがあるのではないか?」ということにふと気付きました。
ネット情報の真偽を確かめる方法
ネットに掲載されている情報の真偽を精査するための方法には、
- ソース(情報元)を確かめる
- あえて逆の情報を検索してみる(デトックスに興味がある場合、「デトックス 嘘」など)
- 水素、デトックス、酵素など、単語の意味や定義がいまいちはっきりしないものを中心に論理が構成されているものを疑う
- 論理が飛躍し過ぎているものを疑う(あたかもすべての人に効果があるかのように謳っているなど)
- 前提条件からしておかしいものを疑う
- 数字のトリックを使っているものを疑う(当社調べの%表示や偏った母体での調査結果を表示している)
などが主としてあります。
これはネット文化の定着・普及に伴い、みなさんすでに自己防衛のために自然にある程度身に着けている方法だと思います。
しかし、私はこれに加えて、
- ネットで情報発信している側の心理
- ネット情報掲載順位の仕組み
を理解しておくと、より正確な情報の判断をするための材料が増えるではないか、と思うのです。
ネットでなぜこれだけ情報が溢れているのか?情報発信者の心理を知る。
なぜ、私をはじめ、ネットで情報を発信する人がいるのでしょうか。そういった人たちが溢れているからこそネットの情報がこれだけ充実し、星の数ほど溢れている訳です。
まず、はっきり言っておきたいことは、大概の場合、それがビジネスやお金に結び付くことがあるからです。
私のブログでも広告記事を張らせて頂き、わずかですが収入があります。
ネットに情報が載っていたら、まず、何かオススメしたいサービスや商品があるのだな、という視点を持つと良いと思います。
例えば、何か健康に関することを検索して「ダイエットには骨盤矯正が良い!」という情報が出てくるとします。
そのホームページをよく見ると、整骨院のホームページで、ページの最後の方に「骨盤矯正は当院へ」などと宣伝がしてあります。
今はよっぽど時代に乗り遅れている企業でなければ、どこの企業でもネットで広告を掛けています。
ビラ・チラシとネットの広告の仕組みの違い
最近出てきたネット広告と旧来からのリアル(現実世界)でのビラ・チラシの広告の違いはどこにあるのでしょうか。
ビジネスで言うマーケティングのお話になりますが、ネットがこれだけ情報を提供してくれるようになったのは、このネット広告の集客効果によるところが大きいと思います。
まず、ビジネスとして商品やサービスを売りたい場合、宣伝・広告→集客→販売という手順がどうしても必要です。
それを踏まえた上で以下の話を読んで頂きたいと思います。
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ビラやチラシの広告効果
インターネットが発達する前の旧来の紙媒体の広告は膨大な費用が掛かります。
しかも、たくさん費用を掛けて、広告の反応率は0.1%~3%程度(広告の種類や出稿の方法・時期によって異なります。)と言われています。
普通は1000人が広告を見て、1人がその商品なりサービスを申し込むかどうか、という感じです。実感的にも私たちはビラをやチラシをそんなにしっかりと見ないのが普通です。
集合住宅やマンションのポストに、溢れんばかりに紙の広告(ビラ)が投函されているのを見かけたことはないでしょうか。このビラ広告の反応率は0.1%以下です。
あれだけ広告のビラを配って配って、配りまくらなければ、ビジネスとして成り立たないのが現状です。1万人にビラを配って10人お店に来てくれるかどうか、という割合です。ほとんど博打に近い確率です。
さらに、ここで運よくビラを見て店に顔を出してくれた人(この人を”見込み客”と言います。)が居たとしても、本当に商品を買ってくれるのかはまた別の話で、成約に結び付く人はさらに少ない割合になります。
どれだけ莫大なコストが掛かるのか、大体想像がつくのではないでしょうか。
ネットの広告効果
一方で、ネット広告の場合は違います。
初めからいきなり、見込み客を集めることができるからです。ビラよりも一足飛びで商品を買う可能性が高いお客さんを集めることができるのです。
どういうことか?
ネットユーザーは、自分に興味があることや知りたいことをネットを通して検索窓に入力して情報を得ようとします。
例えば、先ほどの例で言えば、
- 「ダイエット 簡単」
- 「骨盤矯正 ダイエット」
などと入力して、検索結果の上位に表示された整骨院のホームページに勝手にやって来てくれるのです。
そもそも、そのような単語を自発的に入力し、検索してやってくる方ですから、その時点でかなり骨盤矯正に興味があるわけです。
ビジネスをする側からしたら、こんなにありがたいことはありません。
ほとんど費用を掛けなくても(記事を作成する費用や手間は掛かりますが、ごくわずかです。)勝手にサービスや商品を買う見込みのあるお客さんが自分の販売射程内にまで足を運んできてくれるのですから。
よって、ネットで検索に引っかかるような単語を文章に入れた記事を書き、集客する。というのが基本的なネット広告及び集客の方法です。
整骨院なら、整骨院に関連する、先ほどのダイエットや骨盤に関しての記事や、肩こりや腰痛の治療に関する記事を書けば、自然とそれらに悩んでいる、あるいは興味を持っている、かなり見込みのあるお客さんが集まって来てくれるということになります。
ネット情報の掲載順位はどのように決まるのか
ビジネスをしたい人が見込み客を集めるための記事を書いてネットに投稿すると、Googleの場合、”クローラー”と呼ばれるロボットが自動でクロール、つまりネット上を”泳ぎ回り”、記事の文字や写真を解読、”これはこんな情報だ”と判断します。
そして”インデックス”、つまり仮想の棚の中に整理して情報を収納します。
ユーザーが何かを検索した時に、ネットに星の数や砂浜の砂粒ほども存在する情報を、本当にコンマ何秒で関連する記事が表示されるようにするためには、これらの情報の分類及び整理が必要なのは言うまでもありません。
そして、検索エンジンは、よりたくさんの濃密な情報を掲載していて、検索してきたユーザーが満足できるであろう記事の情報を検索上位に表示させます。
これはなぜかというと、ユーザーにネット検索を便利で快適なものだと思ってもらわなければならないからです。
ご存知かとは思いますが、Googleは世界一とも言える優秀なネットの検索エンジンを開発、全世界に提供し、そこに表示される記事に出稿する広告を企業から集めることで主な利益を上げています。
つまり、より多くのユーザーがネットを利用し、ネットで検索することが社会に定着すると、そこに広告を出したいと思う企業がたくさん集まって、Googleはさらに利益を増大させることができるのです。
さらに、ネットで上位表示されると、その記事を見てくれる見込み客が爆発的に増えます。みなさんが何かをネットで検索した時、たくさん出てくる記事の上から一つ目、よっぽど興味がある事で時間がある時でもせいぜい3つ目くらいまでしか読まないでしょう。
よって、記事を書く側は必死で上位表示させるために情報をたくさん集め、より質の高い記事を書こうと努力します。それで宣伝効果が天と地ほど違うからです。
そうすると、結果としては競争の原理が働き、ネット情報全体の質が上がります。
そうやってGoogleはネット全体の情報の質の向上を図ることで、よりネット検索を有意義で意味あるものと社会的に認知させ、利益をより拡大させていきます。
ネット検索の仕組みにはこのような裏側があります。
お金儲けというと無条件に悪と思う方がいるかもしれないので、ここではっきりさせておかないといけないことは、利益を出すためにGoogleがやっていることは何も悪いことではない、ということです。
他人を競争させて利益を上げることを悪とするなら、資本主義全体が悪ということになり、現代の会社に通って給料を貰うようなまっとうな社会生活、市場経済をも否定することになりかねません。
どんな企業でも利益がなければ事業を続けて運営できません。
Googleはネット市場を発展させ、全人類に偉大な知恵に簡単にアクセスする方法を全世界に提供し、そのためのシステムを構築したまで、です。
その中に利益を上げるシステムが組み込まれているのはごく当たり前の話です。
むしろそうでなければこんなに便利なネット情報の継続的な発展は望めなかったでしょう。
ネット情報を鵜呑みにするのも悪くない
ネット広告の出現により、ネットの情報がどんどん自発的にアップデートされ、広告の種類も様々に姿を変えています。
あなたが普段検索して見ているネットの情報は、「興味、関心を引くための広告の一部でもあるかもしれない」という可能性は常に意識しておくべきだと思います。
私は、「ネットで検索した情報を鵜呑みにしても良い」と冒頭で書きました。
上述のネットの裏側の仕組みを知っていると、「情報を発信している者は何をこちらに要求しているのか?」ということが何となく分かります。
その要求を飲んででも、そこに書かれている情報を試してみたければ、試してみても全然”アリ”だと私は思っています。
“ネット情報の真偽を確かめる”などと巷では言いますが、真実と偽りは、はっきり言って厳密には確かめようのないものだと私は思います。
例えば、私がここで、”この記事は内閣府による調査に基づいた情報を元に作成されています”と書いたとします。
そして、内閣府へのホームページへリンクを貼ります。
それだけの文言を記載するだけでこの情報は正しい、と判断する人が爆発的に増えることは容易に想像できます。
しかし、私はそういった情報をまるっきり鵜呑みにしてしまう方が却って危険だと思っています。
実は、1つの情報を一面的に見て、正しいと信じ込んでしまうことの方が危険なのです。
そもそも、世の中に”絶対に正しいもの”なんてあり得ません。
例えば、少し極端な分かりやすい例を出せば、日本でも戦時中は敵国の人を殺すことが正義で正しいことであったでしょうし、大人たちはそのための教育を、大して疑問も持たずに純粋な子供に学校で教えていたでしょう。
歴史を見ればこんな例は山ほどあります。というか、ほとんどそんなものばかりではないでしょうか。
当時、もし今のようにネット環境があれば、私は戦争へ行って敵をたくさん倒すことを奨励する記事を書き、そこに国防庁のリンクを貼るかもしれません。
そしてそれを見た人は、これは国の情報に基づいたものなので、”正しい”と判断するかもしれませんよね。
でも、それは本当に正しいのでしょうか?
コペルニクスの地動説の話を持ち出すまでもなく、神のために人を殺すことが正義であった時もあるし、今でも日本以外の場所に行けばそれを正義としているところもあります。全ての嘘や悪、不都合なことは魔女のせいだとしていた時代もあります。
これは当時、あるいは今でも特定の場所で当然のように”正しい真実だ”とされているでしょう。
そういったことを踏まえると、自分が関わる、閉じた社会の中でより多くの人が信じていることが正しい、真実であると思い込むこと。
それこそが本当は最も危険な行為ではないかと思うのです。
全ての情報は、本当は正しいも偽りもなく、裏と表という多面性がある、というだけではないでしょうか。
それだけが唯一の真実なのではないか、私はそう思わずにはおれません。
だから、どんな情報も、必ず裏も表も横も、あらゆる方向から確認してみて、自分に利用できそうなところがあるのであれば利用すれば良い、それが今回の記事で私の最も言いたいことです。
リスクもデメリットもメリットも想定される効果も、充分理解した上で、あえてその情報に流されて、その商品なりサービスを自分の無理なく出せる範囲のお金を出して購入・利用してみる。
それは決して悪いことではありません。
市場経済も潤うし、あなたの人生の経験値も増えます。人生が豊かになるかもしれない素晴らしいチャレンジではないでしょうか。
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まとめ
冷静に考えてみると、今の世の中、本当は要らないもの、必要のないものが溢れています。
身近な例でいうと、顔を洗う洗顔料を使うのを辞めて、試しに体を洗う石鹸で顔を1週間洗ってみて下さい。肌が特別に弱くない限り、特に問題があるはずもありません。
洗顔料で顔を洗った方が良い、というのは、あるいはそれを売りたい人が誇大に広告しているのかもしれない、そういった視点も持つことが出来ます。
そして、それを、つまりは”顔は洗顔料を使って洗う”ということを何の疑問も持たずに”正しい”と思っている人が大勢いるのが現状です。
だからと言って「これを是正すべきだ」などとつまらない、型苦しいことを私は言いたいわけではありません。
“そんな感じでバッチリ”だと思います。
これを正そうとすると、もう本当に最低限必要なのものしか市場に出回らない、つまらない世の中になってしまいます。食事だって栄養食を流し込むだけで十分、という話に成りかねません。
本来は必要がないものでも、色々な商品やサービスがあるからこそ、ウィンドウショッピングをしていても楽しいし、あれも買ってみようかな、これも買って見ようかな?とワクワクと心躍る経験ができるのではないでしょうか。食事だってゲテモノと言われるようなものまであるからこそ楽しい訳です。
社会生活を送る人間にとって、正しかろうが正しくなかろうが、それは実は大きな問題ではありません。
上述のように歴史上、多くの人がその時に信じていることが”正しいこと”とされています。
これはなぜかというと、大多数側にいることが生物として最も安心できるからだと思います。よって、結局は正しいか正しくないかが問題ではなく、人は信じたいことしか信じないのだと思います。
その人にとってはそれが真実であり、それで満足していて、他人に迷惑を掛けていないのなら、それを他人がとやかくいうことは全くもって意味のないことです。
正しいか、正しくないかはひとまず置いといて、いろんな方面から様々な視点で情報を眺めてみる、それこそがネットの正しい利用法ではないでしょうか。
ネットの情報はなぜこれ程までに充実しているのか、なぜこれほどまでに情報が発信されているのか、それを知ることで、少し違った視点でネット情報を精査することができるようになります。
まずは、情報の真偽にこだわり過ぎず、どんどんいろんな情報を浴びて、色んな視点から物事を俯瞰して見る習慣を付けたいものです。