
認知症はある日突然発症するものではありません。ある程度年齢を重ねれば「もの忘れ」、「人の名前が出てこない」などの症状は誰にでもあります。認知症と正常の境目はどこにあるのでしょうか。
私も他人のことはいえませんが、日常生活でも、
- 「あれ、何を取りにこの部屋に来たんだっけ?」
- 「あの芸能人なんて名前だっけ?」
などの物忘れは誰でもよくあることですよね。
私が担当しているリハビリ対象の患者さんからも、こういった類の話は毎日のようにお聞きします。
認知症と正常の見極めはどうやって判断するのでしょうか。
軽度認知障害MCI(認知症予備軍)
「認知症予備軍」という概念が2000年頃より提唱されるようになりました。
明らかな認知症の場合、様々な認知障害によって明らかに生活に支障を来す症状が出始めていることが多いですが、明らかに生活に支障が出るほどでもなく、軽度の認知障害がある場合を認知症予備軍(以下MCI)と呼ばれます。
2012年の報告では、日本に認知症患者は462万人、MCI(認知症予防群)は400万人となっています。MCIは1年で10~15%の人がアルツハイマー病に移行してしまうというデータもあります。
これらのデータを推理すると、2020年には認知症の人は700万人を超えてしまうことになります。
認知症高齢者の増加を抑制するために、この認知症予備軍MCIの定義を理解し、早期発見、対応することが重要になります。
MCIとは
以下が1995年に提唱されたMCIの定義です。
- 本人や家族による「もの忘れ」の訴えがある。
- 加齢の影響だけでは説明できない記憶障害が客観的に示唆される。
- 日常生活動作(ADL)は自立している。
- 全般的な認知機能(見当識、思考力、判断力など)は正常。
- 認知症ではない。
- 認知機能に影響を与えるような身体的疾患はない。
MCIは、アルツハイマー型認知症予備軍を抽出するために考えられた概念です。認知症予備軍であるMCIを早期発見し、生活習慣の改善や薬剤投与による治療などで早期介入することを目標としています。
MCIの症状「もの忘れ」について
MCIでは記憶障害が主な症状となります。特に近時記憶(ごく最近あった出来事を忘れてしまう)の障害が目立ちます。
また、MCIでは、本人や家族に「もの忘れ」の自覚がある、と定義されています。つまり、本人だけでなく家族などの周りの人が見ても「記憶力に問題がある」状態がMCIと定義されています。
その激しい「もの忘れ」は、単に加齢の問題だけではありません。普通の正常なもの忘れとは質が異なる記憶障害です。
しかし、これは単純な「もの忘れ」と混同されがちですので、以下にその違いをまとめてみます。
MCIが懸念される「もの忘れ」
- 近時記憶・展望記憶の障害
- 自ら体験したことを忘れる
- 体験したことの全体像をすっかり忘れる
- 他人から見ても違和感がある(簡単に忘れないだろう、ということを忘れてしまう)
- 繰り返し何度ももの忘れがある
- 時間と共に悪化していく
単純な「もの忘れ」(正常)
- 近時記憶・展望記憶の保持
- 人の名前、常識的な知識などを忘れる
- 一部分を忘れる(食事の内容など)
- 他人からはさほど気にならない
- 稀にもの忘れが生じる
- 時間が経っても大きく変わらない
MCIは認知症検査で判明する?診断テストは?
認知症検査では、長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)やMMSEなどの評価バッテリーが用いられますが、MCIはそれらの検査では検出することができません。
MCIでは全般的な認知機能は保たれており、それらの検査では異常なしと判断される場合が多いです。もしそれらの検査で異常が認められると、それはすでにMCIではなく、認知症ということになります。
では、MCIの記憶障害はどのようにして判断されるのでしょうか。
国際的に標準となっているのは、ウエクスラー記憶検査(WMS-R)です。
この検査は、
- 短期記憶
- 長期記憶
- 言語性記憶
- 非言語性記憶
など記憶障害を他覚的な視点で判別していくものです。
他には、リバーミード行動記憶テストがあります。
この検査では、被験者が持っているもの(例えばハンカチ)を使って、被験者に見える場所でそのものを隠し、「検査が終わった後に、”それを返して下さい”と言って下さいね。」と言って検査を行います。
この検査の採点方法は、検査終了時に約束通りの対応ができ、隠したものと場所が両方答えられれば2点、一方だと1点、反応がなかった場合は検査者側から「何か忘れていませんか?」と問いかけて思い出した場合に1点となっています。
リバーミード行動記憶テストは、他にも顔写真を見せ、名前を憶えてもらい後で答えてもらうなど、日常生活を想定したテスト内容なことが特徴です。被験者の心理的な負担が少なく、近時記憶と展望記憶をテストすることができます。
MCIは認知症ではない
よくあるのが、MCIは軽度認知症であると誤認されることです。MCIは認知症ではありません。MCIはあくまで認知症予備軍であり、軽度認知症だと認知症に含まれることになってしまいます。長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)やMMSEなどの認知症スクリーニングテストでは正常な点数が示されることも多いです。
MCIでは、もの忘れは症状としては出現していますが、思考力や判断力など、それ以外の認知機能は正常に保たれていることが多く、認知症とは区別されるべきです。
MCIは、その症状に対して軽度認知症よりも対応策が取りやすいことが特徴的と言えます。
例えば、何かを忘れたくない場合、カレンダーや手帳に予定を記載しておくなど、対応方法を自身で考え、行動することができます。
MCIの原因
80歳で認知症を発症する人の脳では発症の30年以上前、すなわち40代頃から脳に蛋白質のアミロイドベータがじわじわ蓄積することが示されています。
アミロイドベータが蓄積することによって、神経細胞に対して毒性を持つようになります。アミロイドベータが溜まると、最初の症状として記憶障害が起きます。これはアミロイドベータの特性に最も敏感なのが海馬近辺の細胞だからである、とされています。
つまり、MCIや認知症の根源的な症状は海馬領域の記憶障害によるものといえます。
MCIの危険因子
MCIを発症する因子は、加齢や遺伝といった要素だけではありません。
生活習慣も大きな因子となっています。
認知症になる因子として、
- アミロイド仮説に基づくアミロイドベータの蓄積
- 脳虚血
- 高血圧
- 喫煙習慣
- 知的不活発
- 糖尿病
などが挙げられます。
さらにメタボリック症候群、うつ病なども脳の認知機能の低下に関係しているといわれています。これらの危険因子を排除するためには食事や運動などの生活習慣の改善が必要です。
MCIから認知症への移行を予防するために
神経細胞同士のネットワークの広がりと強さを維持できれば、認知症を発症するリスクが軽減すると言われています。
MCIは認知症ではありませんが、認知症に移行しないために予防を集中的に行うことが勧められています。
近年、認知症発症リスクを軽減するために特に生活習慣の改善=生活習慣病の予防が重要であると言われています。その中でも糖尿病と高血圧は脳の細小血管を傷つけ、脳虚血を引き起こす原因になるとされています。
糖尿病患者は糖尿病でない患者に比べて認知症に約1.5倍から2倍になりやすいことが示されています。
まずは、これらの生活習慣病にならない工夫をすることが大切です。
具体的には、運動では、散歩やウォーキングが認知症予防に効果があることが知られています。
最低週3回以上の散歩やウォーキングを30分間行うと良いとされています。
有酸素運動
運動の中でも、有酸素運動は特に認知症の予防にその効果が認められています。有酸素運動により血流が促進され、脳機能の向上に効果を発揮します。
有酸素運動であるウォーキングやジョギングなどを行いながら、さらに、しりとりをする、計算をする、「さ」から始まる単語を挙げていくなど、認知課題をこなしながら運動することでさらに脳血流量が上昇することがわかっています。(”マルチタスク”あるいは”二重課題”といいます。)
また、脳の特性として新しいことや楽しい事に対して特に活性化するので、意欲的に楽しんで取り組めるような環境調節を行うことも非常に重要です。
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音楽療法
音楽療法は音楽の持つ心理的働きにより認知機能の維持改善、生活の質の向上、集中力の改善を目指すリハビリの1つです。
音楽に合わせながら体操したり、手や足を動かすことで脳に刺激を与え脳の活性化が期待できます。
季節に合った曲や懐かしい曲を聴くことで、昔の思い出や体験を回想して、豊かな感情を引き出すこともできます。
この時にも二重課題、つまり歌をを歌いながら体操する、もしくは歌を歌いながら呼吸を意識させるなど同時に2つのことを実施するとより効果的です。
その他には、
- 芸術療法
- 園芸療法
- レクレーション等
も脳のリハビリとして行われます。
まとめ
MCIは認知症ではありませんが、後々認知症に進行する可能性が高い認知症予備軍です。MCIから認知症に進行してしまうのを予防するために、生活習慣病を予防し、できるだけ脳を使う生活を心がける必要があります。
認知症予防のためには、生活習慣病(糖尿病や高血圧症など)を予防するための知識も必要となります。