
私は理学療法士ですが、普段のリハビリの臨床で、「理学療法士だから理学療法で患者さんを診る」という方法にこだわる必要はないと思っています。
「患者さんの生活と人生を診て、そのために身体状態を整える」という理学療法の基本コンセプトに近い治療法であれば、貪欲に取り入れて、より効率的な治療を目指すべきだと思います。
その中で、リハビリテーションと非常に基本コンセプトが近い「ピラティス」と理学療法とを融合して、ブログで情報発信を行っている理学療法士の方がいらっしゃいます。
臨床で、従来の方法ではなかなか結果が出にくい患者さんに悩んでいる療法士の方は、ぜひ今回の記事を参考にしてみて下さい。
今回対談をお願いしたピラティストレーナー”ナカタニさん”について


ピラティスとリハビリについて情報発信している「理学療法士によるRPP」というブログを運営されているナカタニさん。理学療法士とピラティストレーナーの資格を保有されています。
ちなみに、「RPP」とは、
- R:「Rehabiri」
- P:「Piⅼates」
- P:「Prevention=予防」
を意味します。
サイトのデザインもスタイリッシュで非常にカッコいいです。
もちろん内容も濃く、非常に記事の質が高い!
動画を豊富に使って、
- 体幹筋群・インナーマッスルを鍛える方法
- ピラティスの理論を応用した自主トレ
- 疾病・再発予防の方法
などについて分かりやすく、丁寧な文章で書かれています。
今回の対談は、「より具体的に、臨床でピラティスの概念を取り入れるにはどうすれば良いか?」ということを中心にお聞きしてみました。
「ピラティス」のリハビリでの臨床応用について
まず、ピラティスの臨床応用の前にどうしても「ピラティスとはそもそもなにか?」という点を簡単に知っていただく必要があるかと思います。
ピラティスとは?
「ピラティス」というのは、ドイツ人のピラティスさんという人が約100年前に提唱した運動療法で、戦時中の負傷兵のベッドサイドでのリハビリテーションとして開発されたものです。
そのため、医療現場におけるリハビリテーションとして臨床応用がしやすいのは当然といえば当然です。
ピラティスは、単にインナーマッスルを鍛えるというエクササイズではありません。
身体と心は密接につながっています。
ピラティスは「身体と心を自分でコントロールできるようにしましょう」というセルフコントロールという概念が根本にあります。
ピラティスエクササイズを通して自分の身体と心に向き合い、気づきを得ながら自分で修正を繰り返し、人間の本来持ってる適切な動きを学習して健康な身体と心を獲得してゆくことです。
重要なのはエクササイズの形ではなく、ピラティスの根本にある概念とエクササイズの原理原則です。
理学療法士として医療現場で臨床的に応用がしやすいのが原理原則です。
これは呼吸やコアコントロール・関節に負担のかけない動きなどが体系化されています。
ピラティスの原理原則は超急性期や高齢者から外来・スポーツ・予防分野まであらゆる領域で応用できると考えています。
意外かもしれませんが、超急性期でもです。
ICUで下側肺障害に対するアプローチとして腹臥位療法を行うことがあります。
背面への換気を促す・背面で呼吸をするということはピラティス呼吸で練習していたことですのでイメージがつきやすく呼吸介助にも応用ができました。
ピラティスの原理原則として重要なもので比較的臨床に応用しやすいものに、
- 骨盤のニュートラル
- エロンゲーション
という概念があります。
ピラティスの原理原則「骨盤のニュートラル」について
骨盤のニュートラル(中間位)を保持するというピラティスの原理原則があります。

腰部のニュートラルを保持するには、
- 腰部のインナーマッスルがバランスよく機能すること
- 自分のニュートラルがどのポジションかを体性感覚的に認識すること
などが必要です。
参考)インナーマッスルについて
普通の人でも自分の腰部のニュートラルな位置を自分で認識できていないことが多いです。 この時点でズレてしまうとどうしようもないので、まずは自分のニュートラルな状態に気づくことがスタートです。
この外観と内観のズレが関節への負担・怪我につながりますので、できるだけこのズレを修正してゆくことがポイントとなります。
次に、四肢をダイナミックに動かしても腰部のニュートラルを崩さないように意識をしてゆくエクササイズに移行します。
この時には腰部の安定性と股関節や胸椎のなめらかな可動性が重要となってきます。
参考)脊柱の構造について
これらが動かないと、結果的に腰部のニュートラルが保持できずに腰部にストレスを与えてしまいます。
ピラティスの原理原則「エロンゲーション」について
そこで、ニュートラルポジションの引き出し方が重要となってきます。
過剰にアウターを使って見た目のニュートラルをつくっても意味がないのです。 ピラティスの原理原則の一つとしてニュートラルと関連してエロンゲーションという考え方があります。
これは、「軸の伸張」ということで脊柱が上下に伸びてゆくようなイメージをつくることがポイントです。
ピラティスは重力に負けないしなやかな身体を目指しています。 エロンゲーションは抗重力筋の活動を引きだすのに非常に使いやすい考え方です。
この方法については、こちらの動画で説明しています。
(ナカタニさんのブログから動画を引用させて頂きます。こんな質の高い動画が他にもたくさんあるので是非チェックして下さい!)
また、「寝たままでもできる キセキののび体操とピラテイスとの関連性について」という記事でもエロンゲーションについて取り上げていますので参考にしてみてください。(西野:この記事は本当におすすめです!エロンゲーションのことが非常にわかりやすくまとめられています。)
ピラティスをリハビリで応用しやすい疾患・症状
なんだかんだいって、結局一番応用がしやすいのは整形分野であると思います。
腰部椎間板ヘルニアの術後のリハビリでは、腰部のメカニカルストレスを軽減するために、先程ご紹介した骨盤のニュートラルとエロンゲーションが効果的です。
変形性膝関節症、脊柱管狭窄症、肩関節周囲炎
ピラティスは予防分野にも非常に相性がよいです。
などの予防にも最適です。
身体の関節にはそれぞれ役割があり、適切にその役割を果たしてもらう必要があります。この役割分担が破綻すると障害が発生するリスクが高まります。
必要なときに必要なだけ筋肉・関節の動きを引き出せるようにしてゆくことで、身体に負担の少ない動き方を学習させてゆくのです。
非特異性腰痛
もう一つ、身体と心との関係性に着目してみると非特異的腰痛へのアプローチにも応用できます。
参考)非特異性腰痛についてリハビリ治療で重要な腰の基礎的知識と評価 まとめ
そもそも、自分が非特異的腰痛がきっかけでピラティスを始めそれによって克服しましたから。
非特異的腰痛は身体的なメカニカルストレスと脳の痛みに対する認識の異常が混在しています。
ピラティスによってメカニカルストレスの加わりにくい動きを学習してゆくとともに、呼吸法による精神的なリラックスや「動いても痛くない」という気づきを得てゆくことで脳の機能異常にも効果があるのではないかと考えています。
身体と心の異常が引き起こす悪循環をリセットして、好循環をつくりだすきっかけになるのではないかと思います。
ピラティスのリハビリへの応用の実際「評価とトレーニング方法について」
非常に丁寧でわかりやすい説明ありがとうごさいます。
ピラティスは傷病兵向けに考慮されたもの、ってところが特にリハビリ分野と共通しやすいところかと思います。
怪我してる人にガンガン筋トレしたりできないので、ピラティスの比較的穏やかな運動を促して、身体だけでなく、心のコンディショニングも視野に入れて整えるというところで、何らかの疾患を有する人が対象となるリハビリと基本的な概念はかなり共通するところがありそうです。
ピラティスの概念と原理原則は是非とも多くの療法士に知ってもらいたいところですね!
ここでは、あえてなんですけれども、具体的にピラティスのことをよく知らない療法士(つまり私)がピラティスを臨床に取り入れる手順を考えてみたいと思います。
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対象を考慮する
適応となる疾患、ピラティスの概念を取り入れて考慮すべきケースは、特に、
- 腰部のメカニカルストレスが起因となり得る疾患
- 心因性の疼痛が関係している場合
でしょうか?
例としてあげて一番わかりやすいのが腰部疾患です。しかし、ピラティスの臨床応用はあらゆる疾患にできると思います。
呼吸ひとつとっても、
- 換気
- 胸郭の可動性
- コアコントロール
- 精神面
など様々な視点から応用ができます。
今回は、理解しやすいように、腰部疾患へのリハビリへの臨床応用を考えたいと思います。
外観と内観両面から骨盤のニュートラル認識し、それを自ら保持できる、または崩れても元に戻せるというところがピラティスにおいては重要視されているのですね。
さらに、その状態で四肢の運動が行えるように促していくと、日常生活でも腰部にメカニカルストレスの少ない状態で過ごせると。
私も詳しくはないのですが、ボバースの基本コンセプト(概念)として、
- 骨盤のハンドリング
- 適性なアライメントでの感覚入力
- 徹底した反復(動作の般化)
などがあり、近いところがあるのかなぁと思いました。
ここらはボバースのブログを運営している療法士がいたら聞いてみたいです笑。
ボバース概念との関係性については、私も気になっている部分です。
以前リハビリ向けのピラティスインストラクターコースに通っていたときも、ボバースをガンガン勉強している理学療法士が参加してて一緒にピラティスの勉強をしていました。
ボバースで引き出そうとしている動きはピラティスで求める動きと似た部分があります。 どの切り口でアプローチしてゆくかは大きく異なりますが、結局「人」としては構造的に同じですから最終的に求める動きや活動は一緒なのかもしれないですね。
ボバースも概念。ピラティスも概念が大切です。
実際にどう臨床で適応していけば良いのかなということについて、目指すべきピラティスでの「骨盤のニュートラルがどんな状態か」は、こちらの記事に書いてある通りですね。
※)詳細はナカタニさんのブログ記事へ骨盤のニュートラルとは?

この状態をリハビリによって目指すとします。
評価
まずは、患者さんの骨盤がニュートラルであるのかどうか、臨床で評価する方法はこちらの記事に書いてある通り、以下の2通りですね。
- 背臥位で腰椎の下に手を入れる。
- 骨盤のトライアングルを確認する。

※)詳しくはナカタニさんのブログ記事へ骨盤の前傾と後傾とニュートラルの基本
骨盤ニュートラルを保持するトレーニングとして
- まずは、療法士がハンドリングして、背臥位で骨盤のニュートラルを保持する練習を行っていく。
- そのあとに体性感覚を通して患者がその肢位を自ら保持できるように促していく。
骨盤のニュートラルを保持する臨床での訓練課題の難易度としては、易しい順に
- 背臥位
- 座位
- 立位
で、プラスアルファそれぞれの肢位で、ニュートラルを保持したまま四肢の運動を取り入れることで、よりその患者さんに必要なインナーの筋肉に刺激を入れていく、という流れですね。
※刺激を入れていく・・単純に筋力増強だけを図るのではなく、コーディネーション、レスポンスの向上を図る。
課題の難易度を考慮しながら、最終的には立位での骨盤ニュートラルでの動作が出来るようにもっていくことがゴールでしょうか。
ニュートラルの学習はまずは背臥位がよいと思います。 理由としては、背臥位では支持面が多く情報が入りやすく変化をとらえやすいからです。
最終的には座位・立位・四這いなど様々な姿勢において、必要に応じてニュートラルを作れる・保持できるようになるということがゴールとなります。
アライメント異常により、骨盤のニュートラルが取れない場合は?
ここで、疑問が出てくるのですが、圧迫骨折などで、腰椎椎体の器質的な変形など、何らかの不可逆的なアライメントの異常がある場合はどうすべきでしょうか?
私の臨床経験では、特に高齢者の場合、背臥位で骨盤のニュートラルを取れるとしても、立位では取れないという場合が多くあるように思います。
運動連鎖を考慮すると、臨床で遭遇することの多い、変形性膝関節症の患者さんで膝関節の骨性の制限による伸展拘縮がある場合も、立位で骨盤をニュートラルに保持することが難しいように思います。
骨盤のニュートラルがそもそも取れない可能性がある患者さんには、どう対処すれば良いのでしょうか?
ピラティスでは形を最重要視するわけではない
ナカタニさんが情報発信されているピラティスも「セルフコントロール」という大きな概念では非常に共通するものがあります。
ただ、腸などの栄養方面か、内観を通した自身の体と心のコントロール(ピラティス)か、と表現方法が違うだけです。
そして、私が色々な療法士ブロガーとお話した限り、この意見に反対する人は皆無です。というより、坂井さんとナカタニさんのように、皆さんそれぞれ表現の形は違えど、目指しているところはほとんど同じで、最終的にはそこ、つまり「世の中の健康に対する意識の向上」を様々な方法で訴えている人ばかりです。
もちろん言うまでもなく、当たり前の話ですが、セラピストが努力を放棄し、患者に責任をなすり付けるのではなく「努力の方向性を変えていかなければならない」ということです。
個人の努力だけに頼っていた従来のやり方から、様々な人たちが連携し、環境や立場の違いを活かし合うような関係性を構築する方向に努力していかなければならないのではないでしょうか。
私は常々、今後のリハビリの方向性として、療法士による専門性の囲い込みではなく、専門知識の一般化が重要だと思っており、その一つの具体的な解がピラティスにはある、と思いました。
正直、ピラティスの”アート”の部分は、ピラティスを体験していない、無知な療法士が簡単に、すぐに現在の臨床に適応させるには、やや具体性に欠けており、難しいように思います。
しかし、これはあくまで病院や施設で療法士が一方的に患者に治療を施すという形式の従来のリハビリの方法で見た場合の見解であり、「”治療”を患者と一緒に創り上げていく」という視点で見ると、まさしくそれは”アート”であり、これほど素晴らしい、上手くマッチしたリハビリ方法は現在他にないと言っても良いと思います。
そして、実際にそういったことが、これから強く求められてくるようになるのは、ほぼ間違いないでしょう。
アンテナを広く持つと、日本の経済状況しかり、みなさんも周囲のあらゆるものがその方向に向かっていることを感じるはずです。
皮肉な話かもしれませんが、専門職が「より良い、本当に患者のためになる治療」を目指すため、従来の治療者と患者という関係性・図式すらも放棄した時(専門職としての旧来の無用なプライドを放棄した時、と言い換えることもできるかもしれません)、ベクトルは同じ方向を向き、初めてより一段高い「本当の根源的な治療」の形が見えてくるような気がしてなりません。
今回ご紹介したピラティスの内容に関して、その可能性のごく一部でしかありません。
ナカタニさんのピラティスの話の中には、
- 呼吸関係のリハビリについて
- 精神面のコントール
などの専門的な話も出てきていましたが、記事のボリュームの関係で全てを掘り下げてお聞きすることはできていません。
是非詳しく知りたい方は、ナカタニさんのブログ「理学療法士によるRPP」を読んでみてくださいね。
また、ポストリハビリや予防のための運動療法を指導しているピラティススタジオがありましたら、ナカタニさんのブログまで是非お気軽にご連絡下さいとのことです。ブログ内でご紹介して下さるそうです。是非ご検討下さい。