
今回は肩甲骨と頸椎に付着する筋肉「肩甲挙筋」についてご紹介します。肩甲挙筋は、肩こりにも大変関係の深い肩のインナーマッスルです。
骨格筋の中の”頑張り屋さん”肩甲骨周囲筋
人体に無数にある骨格筋。
その中でも、肩甲骨を動かすための肩甲骨周囲筋は非常に繊細で痛みやだるさを引き起こしやすいです。
肩甲骨は肩甲胸郭関節という関節で胸郭(肋骨)に繋がっていますが、この関節は関節面を持たず、実質は肩甲骨が宙に浮いている状態です。
その不安定な肩甲骨をしっかりと固定して、腕の操作ができるように肩甲骨周囲の筋肉はいつも頑張って働いています。
肩こりに悩む人は大変多いです。
肩周りは腰と同じように、人体の構造上どうしても負担が掛かりやすい部位なんですね。
”肩こり”というと、僧帽筋を連想される方も多いと思いますが、実は僧帽筋と同じように肩を挙上させる働きのある、肩甲挙筋も大きく肩こりに関係していることが多いです。
肩こりで悩んでいる方は知っておいて損はない筋肉だと思います。
「肩甲挙筋」とは?
まずは、肩甲挙筋の解剖から。
肩甲挙筋は、頸椎の椎体第1~4の横突起より起始し、肩甲骨の上角と内側縁の上部1/3に停止しています。どの筋肉もそうですが、起始と停止、走行をある程度でも知っておくと大変便利ですよ。
肩のインナーマッスルで肩こりに大きく関係している筋肉には、他にも菱形筋があります。菱形筋も肩甲挙筋と同じように肩甲骨に付着し、肩甲挙筋と共働して肩甲骨の固定に役立っています。
手軽にできて気持ち良い!「菱形筋の筋トレ・ストレッチの方法5種類」
【起始】
C1~C4の椎体の横突起より起始。
【停止】
肩甲骨の上角、内側縁の上部1/3に停止。
【肩甲挙筋の主な働き】
1.肩甲骨を引き上げる。
2.肩甲骨を下方回旋させる。
【肩甲挙筋の神経支配】
肩甲背神経
肩甲挙筋の作用
肩甲挙筋は、収縮すると、肩甲骨を挙上させる(肩をすくめる)働きがあります。停止部が肩甲骨内側縁の上部なので、二次的に肩甲骨を下方回旋させる働きもあります。
しかし、意識的に肩甲骨を上げる機会は日常生活であまりありませんよね。一体どんな時に肩甲挙筋が収縮し、この作用が機能しているのでしょうか?
腕を上げるとき
例えば、洗濯物を干すとき、両腕を上げた姿勢で作業をしますよね。このとき、腕を上げる動作と連動して、腕の土台となる肩甲骨は周囲の筋肉によってしっかりと固定されます。
腕が上がるまさにその時、肩甲骨は下制・下方回旋して腕を支えるので、肩甲挙筋が収縮し、肩甲骨を安定化させるように働きます。
肩甲骨を運動学的にみると、作業するための「腕の土台」として働くことが多いのです。
よって、腕を上げる動作だけでなく、腕を動かす度に土台である菱形筋や肩甲挙筋などのインナーマッスル、肩甲骨周囲の筋肉が収縮し、肩甲骨を支える働きをしています。
姿勢が崩れたとき(姿勢制御)
例えば、右のお尻のポケットに分厚い二つ折りの財布が入っている時に、椅子に座っていると体は左に傾きますよね。
人体の姿勢制御の仕組みにより、このまま体が傾いたまま座っている人は普通いません。体を反対の右方向に曲げて、まっすぐになるように自然と調節しているはずです。
この時に肩甲挙筋は収縮し、左の肩甲骨を挙上させ、バランスを取っています。このように肩甲骨を操作し、上部体幹のバランス制御にも一役買っているのがこの肩甲挙筋です。
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肩甲挙筋の痛み
上述のように姿勢制御や、腕を上げる動作にも関係している肩甲挙筋。肩の代表的な筋肉である、僧帽筋に次いで肩こりの痛みの原因になっていることも多いです。
肩甲挙筋は、決して強力な筋肉ではなく、細く長い筋肉のため、大きな力を出したり、過剰な負荷に長期間さらされていると、すぐに疲れます。
例えば、仕事でデスクワークでパソコンを一日中触っているような方は、キーボードをタイピングしたり、マウスを動かすために腕を上げた状態で保持・キープされていることになり、肩甲挙筋に過剰な負荷がかかっている場合も多いです。
過剰な負担はやがて肩こりや肩周囲の痛みとして表れることにもなりかねません。
思い当たる節がある方は、以下に簡単な改善方法を記しておきます。
肩甲挙筋の痛みの改善策(肩の凝らない環境設定)


1.まず、机に肘を必ず付けるようにして腕を置いて下さい。必要であれば、肘を置くスペースを確保するためにパソコンの位置を机の奥に移動させて下さい。


2.肩甲骨を意識的に下げて(脱力して)デスクワークを行ってください。
これだけでかなり肩こり改善が見込めると思います。
以前、私が整形外科でリハビリをしていた時に、事務仕事をされている方がひどい肩こりで何人も受診されていました。肩周囲の痛みが強く、とても仕事ができない、とのことでした。
お話しながら体を診させて頂くと、多くの方は精神的にも緊張しやすい真面目な性格の方で、仕事にも大変熱心に取り組んでおられました。
仕事中の姿勢について、パソコンの位置や机の状況を聞いてみると、ほとんど机に肘が置けないような環境になっていました。
実際にデスクワークをしているときの姿勢を再現してもらうと、肩が挙上し、過剰に肩周囲の筋肉を酷使していることが想像されました。
以下にご紹介する筋トレとストレッチをこまめにすることも大切ですが、いくら筋肉の状態を良くしてもこれではまたすぐに肩がこってしまうでしょう。
是非上述のことに注意してお仕事に精を出して下さい。
この状態・環境で事務作業を行っていても、お客さんからのクレームが来たり、仕事量が多く、忙しいときには精神的にも緊張し、自然に”いかり肩”のように肩に力が入ってしまいます。
肩こりが酷い方は、”肩に力が入っていないか”自身で常に注意しておき、気付いたら何度でもリラックスさせ、脱力する習慣を身につけましょう。
それだけ注意していても、「今日は肩が凝るなあ・・・」という日があると思います。その時は以下の筋トレやストレッチ、マッサージもためしてみて下さい。
肩甲挙筋の筋力トレーニングの方法
肩甲挙筋の筋力トレーニングでは、その機能と作用から、肩甲骨を挙上させる運動が効果的であることはご理解頂けると思います。
しかし、先ほどお伝えしたように、肩甲挙筋は小さな細い筋肉です。
また、肩の主要なアウターマッスルである僧帽筋の深層に位置し、インナーマッスルである肩甲挙筋は、大きな負荷をかけて筋トレをすると、効果的に働かず、アウターマッスルの僧帽筋が優位に働くようになります。
よって、効率的に肩甲挙筋を鍛えるためには、程よい負荷で筋トレを行うことが大切です。
しかし、”程よい負荷”と言われても、これほど難しいことはないですよね。じゃあ、「それは一体どれくらいなんだ?」という話になります。
インナーマッスルの筋トレの負荷設定の基本的な考え方
基本的にダンベルなどの重たいものを持つトレーニング(ウェイトトレーニング)を行うと、アウターマッスルが強く参加します。よって、インナーマッスルを鍛える方法としては、自重トレーニングが1番適しています。
肩甲挙筋の場合で考えてみると、肩甲挙筋の筋肉の太さはだいたい決まっていますが、大柄な、”うそっ?プーさんのモデルになった人?!”みたいな大柄な男性の肩甲挙筋と、柳の木の様な、か細い小柄な女性では、同じインナーマッスルでも個別差が大きいです。

しかし、先ほどご紹介した肩甲挙筋やインナーマッスルの基本的な特性を考えると、インナーマッスルは、「付着している分節を重力に抗して支える、安定させる」ために存在していると考えられます。
プーさんみたいな大柄な男性と、柳の木のように小柄な女性では、肩甲骨の大きさも体の大きさに比例して違うのは明白ですよね。
よって、インナーマッスルを鍛える目的は、どの筋肉にも関わらず、最終的には”分節を安定させるため”であり、そのためには自重に耐えられるように鍛えること、が理に適っています。
インナーマッスルを鍛えたい場合、ダンベルなどを持ってジムでモリモリ筋トレしなくても、自宅で手軽に自重トレーニングを行えばそれで目的は達成される、ということです。
以下に具体的な肩甲挙筋の自重を利用した筋力トレーニングの方法をご紹介します。
肩甲挙筋を鍛える「シュラッグ(肩甲骨挙上運動)」の方法
やり方は簡単、座って、あるいは立って肩を挙上(すくめる)させるだけ。
しかし、この方法を普通に行うと、ほとんど効果的に肩甲挙筋は収縮せず、僧帽筋ばかりを使ってしまいます。
なぜか?
肩甲骨の位置に関係があります。
肩甲骨の位置は、多くの方が座ったり立ったりしている時に軽度外転位になっています。そのまま肩をすくめる運動を行うと、肩甲挙筋は引き伸ばされた状態になり、効果的に収縮することができません。

よって、肩甲骨の位置を適正な位置にセットしてから肩をすくめる運動を行っていきます。
肩甲骨を適正な位置に修正する方法は、「後ろで手を組むだけ」です。

これで、肩甲骨は肩甲挙筋を動かすためのスタンバイができている状態になります。この姿勢で肩を挙上させましょう。

肩甲挙筋を効果的に鍛えるためには、後ろで手を組んで、胸を張った状態で肩を挙上させて下さい。
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肩甲挙筋のストレッチの方法
普段肩こりや肩甲骨周囲の筋肉のだるさ、痛みで悩まれている方は、筋力トレーニングをする前にしっかりと肩甲挙筋のストレッチを行ってみて下さい。
筋肉のストレッチは起始・停止を物理的に離すことでストレッチできます。
ここで問題です。
肩甲挙筋の起始・停止は?
忘れちゃった方は上に戻って確認してみてくださいね。
具体的な肩甲挙筋のストレッチの方法は、
このようにズボンを把持して、
反対の手で頭を軽く押さえ、痛くない程度にゆっく~り首を傾けていきます。
くれぐれも「グィッ!」と一気に引っ張らないでくださいね。首を痛めてしまう可能性があります。頸椎に何らかの疾患がある方は特にゆっくりと行い、くれぐれも痛みの出ない範囲で様子をみながらにして下さい。
「なぜ、ズボンを持つと効果的にストレッチできるのか??」
と気になる方もいらっしゃるでしょう。腰のズボンを持つことで腕=上腕骨を固定し、連結している肩甲骨を固定しています。
肩甲挙筋は停止部が肩甲骨なので、肩甲骨を固定した方がストレッチ効果が高くなります。ズボンを持たないと頸部の側屈(首を傾ける動作)に従って、肩甲骨も一緒に挙上してしまい、ストレッチ効果が弱くなります。
是非この方法を試してみて下さい。強烈に首が伸びる感じがすると思います。
仕事の合間の休憩時間でも、簡単に道具なしでできる方法なので、”肩がこったな~”と思ったときに試してみて下さい。
肩甲挙筋のマッサージの方法(ほぐす方法)
ストレッチ以外にも、マッサージすることでコリをほぐすこともできます。肩甲挙筋は肩こりの原因にもなるので、マッサージの方法も知っていると便利かと思います。
例えば、パートナーに、
「ボーっとしてないで肩くらい揉みなさいよ!」
と罵られた場合に、この方法を試すと効果的にご機嫌を回復することが出来るでしょう。笑
基礎知識として、肩甲挙筋の触診が必要です。
上述の起始・停止と、その上にかぶさる表層の筋肉の走行を考慮すると、肩甲骨の上角の直上を指で押し込むと肩甲挙筋をマッサージすることができます。


肩こりがひどい方は、この部位をマッサージすると気持ち良いはずです。
自分でマッサージする場合は、指で押すことが難しい背中の部位なので、下のような指圧グッズを利用して、上述の写真を参考に「肩甲骨上角直上」をピンポイントでぐりぐりマッサージすると至福の気持ち良さを味わえると思います。
まとめ
肩甲挙筋は小さく細長い、肩甲骨を頸椎に付着する筋肉で、肩の代表的な筋肉である、僧帽筋の深層にあります。
収縮すると肩甲骨を引き上げる作用があります。
しかし、日常生活では、主に肩甲骨を固定させ、腕を自由に動かすために恒常的に働くインナーマッスルです。
僧帽筋の次に肩こりの原因にもなりやすい筋肉なので、
- 肩が凝りにくい作業のための環境設定
- 筋トレ・ストレッチ、マッサージ
などでケアしてあげると良いでしょう。