人生の意味とは 「戦争に学ぶ普遍の真理」


今日(2015年8月6日)は、広島に原爆が投下されてちょうど70年目の節目の日です。
  
平和な現代を生きる私達には想像もできない世界がかつて存在しました。
 




 今回は日本のお話ではありません。

対戦中、世界で最も過酷な運命にあったであろう、ユダヤ人のお話です。

夜と霧 

オーストラリアのユダヤ人で精神科医・心理学者のビクトール・フランクリン著書による「夜と霧」という本があります。「言語を絶する感動」と評されている名著です。

ちなみに、私はこのタイトルにかなりセンスを感じました。なんか詩的ですよね。
 
第二次世界大戦で、ドイツはユダヤ人を迫害、虐殺しました。
著書には実際に、フランクリンがユダヤ人の強制収容所に収容された時の凄惨な話が記されています。

 収容所の凄惨な生活

 収容者のほとんどが2~3か月で命を落とす程の劣悪な環境で、食事は朝食が500ccの”コーヒー”と呼ばれる濁った飲み物(中身は何か分からない)、昼食には殆ど具のないスープ、夕食は300gほどのパンとマーガリン3gで一日中死と隣合わせの肉体労働を強いられました。
 
寝床は大人の男性がやっと横になれるくらいの狭いベッドに藁が敷いてあるだけで、蚤やシラミに苦しめられたそうです。

少ない睡眠時間を蚤やシラミによる痒みに削られることが苦痛でたまらなかったと書かれています。
 
本の中で頻繁に出てくるのが、被収容者たちを監視する「カポ(労働監視員、収容所監視員などと訳される)」の存在です。
 
ドイツは差別や集団を統治する術を良く理解していました。
 
被収容者の中に被収容者でありながら待遇を良くし、看守寄りの行動をする「カポ」を置くことで、内部の統制や、脱走の監視を強化していたのです。

 人生の意味は「受動から能動へ」

地獄のような環境の中で、フランクリンは、

「神は私にどのような人生を求めているのか、こんな苦しい人生に何の意味があるのか」

と問い続けます。
 
 フランクリンは何度も何度も死に行く人たちを看取ります。

その中である法則を発見します。

やりたいことがある人や、家族がいる人は生き延びる力・生命力が強く、長生きしている人が多いのです。

先に希望がないと思っている人は、あっという間に死んでしまう。

でも、何でもいいから希望を持っている人は長く生き延びているという傾向があったそうです。

フランクリンは生き抜くため、皆に先の希望を持つことのの大切さを説いて過ごします。

真理の発見

 皆を励ましながら、過酷な労働に耐え続けたフランクリンはやがて1つの真理を発見します。
 

「もし身ぐるみはがされて、裸一貫になって、収容所の壁に縛られ、ありとあらゆる暴行を受けたとしても、 死ぬほど飢えて、考えられる限りの最低の環境でも、絶対に奪われないものがある。

最後の自由だけは残されている。

 私がこの残酷な現実に対して、どんな態度を選択するかという”意思の自由”は、どんな強大な侵略者も略奪者も奪えない。 個人の心の中の最も尊い部分には、何人たりとも手を出すことはできない。」

と気付いたそうです。
 
「神は人生に意味など求めていない。 人生が、私に、意味を求めているのだ。 あなたはどう生きたいのかと。 何を選択するのかと 人生は神が決めるのではなく、自らが決めて作りあげていくものだ。」
   

これが、後にフランクンリンが提唱するロゴセラピーの基本的な考え方になります。
 

ロゴセラピー(意味中心療法 ; 実存分析、英語: Logotherapy)とは、人が自らの「生の意味」を見出すことを援助することで心の病を癒す心理療法のこと。参照:Wikipedia「ロゴセラピー」

地獄のような環境で、受動的な生から、能動的な生への転換、それが人を救うということをフランクリンは発見したのです。

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人生の意味

人は生きる意味があるのか?
みなさん1度は考えたことがあるのではないでしょうか?

私も若かりし頃は一生懸命考えたものです。今は生活を送ることに精一杯で、そんなこと考えている暇ありませんが。笑
なぜか年取るとあまりそういったことは考え無くなりますよね。これも老化でしょうか(笑)

この話から分かるように、人生を生きる意味があるのか?ではなく、私はこのために生きていく!と自らの意思を自らで決めるという能動的な選択が幸せな人生を歩むためには必要です。

キャリアと夢

私がこの話を書いたのは、現代を生きる人のキャリアや夢にも大きく関係する話だからです。

仕事を選ばされている状態は、いわばこの生きる意味があるのか?と神に聞いている受動的な状態です。

仕事を本当に自主的に選んだ時にこそ、能動的な人生を選択したと言えるのではないでしょうか。

実は、ほとんどの人が仕事を選ばされているというのが現状です。

家庭の状態(家庭の経済状況、親族との関係性など)、その時の日本の経済事情、キャリアに関する教育の不十分さなどにより、ファーストキャリアで能動的に仕事を選んでいる人は少ないと私は思っています。

多くの人は自分がやりたいこともはっきり分からず就職します。

みんなが就職活動を始めたから、何となく自分もやり出して、取り敢えず内定が出たところで職場を選んでいる学生がいかに多いことか。

ただ、食べていくために仕事をしなければならないということは分かっている。
だから就職する。

かくゆう私もそうでした。

そうではなく、本当はしっかりとキャリアを選択していく、選択していける社会や環境をみんなで作り上げていかなければなりません。

少子高齢化社会の進む日本では今後女性と高齢者の社会進出が更に顕著になってきます。

今のキャリアの教育だと、多くの女性と高齢者達は仕事を選ばされる、受動的な人生を歩むことになるのではないかと危惧しています。

まずは、選択する。その先に幸せがある。

フランクリンが強制収容所から救い出された時、無限の「自由」を感じたことでしょう。

平和な現代に暮らす私達には、本当は強力な生命力の源である”意思の自由”があるのです。

つまり、私はこう生きる!と断言し、態度を選択していく、自由があります。

今は個人の時代と言われており、これは大変良い傾向です。

もっと、個人がどんどんやりたいことを選択して、公言していかなければならない。

私は、学生時代に自分がやりたいことが見つけられない人が多いことに教育の不十分さを感じます。

やりたいことが見つからないと、絶対に能動的な人生へ転換させることはできません。

ひいては、幸せなキャリアを積むことができません。

キャリア・仕事は積み重ねることで大きな力を持ちます。

キャリアをスタートするためのエネルギーである、”自分のやりたいこと”を見つけられなければ、スタートを間違い、大きなまわり道をすることになります。

他人に依存し過ぎない”覚悟”が幸せの鍵である。

このフランクリンが提唱する”意思の自由”は、 自主性を持って、人生を選択することで人生の幸福が得られることを示唆しています。

人が幸せになるためには、必ずこの能動的に人生を選択していく意思が必要です。

毎日がつまらない、辛い、そう思っている方は自分で自分の意思を選択できているでしょうか?

自分の人生の意味を作っていけるのはあなただけです。

他人には決して作ることはできないのです。

他人に依存する心があると、この真理から遠ざかって、不満や不安に覆われた人生になってしまいます。

是非、1度考えてみてください。

人生を自分で選んでいく、という覚悟は、必ずあなたを幸せにすることでしょう。

 

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