
深部静脈血栓症(DVT)は脳卒中急性期の合併症として忘れてはならない疾患です。今回は、深部静脈血栓症とその予防・治療法についてガイドラインを参考にご紹介します。
DVTそのものの症状が問題となる場合もないわけではありませんが、致死的となりうる肺塞栓の原因としての重要性が極めて大きいです。
脳卒中急性期の治療においては、DVTを予防しスクリーニングを行う体制を作る必要があります。
また、重症のDVTを認めた場合には、速やかに肺塞栓の有無を確認し、適切に治療を行わなければなりません。
脳卒中とDVT、肺塞栓との関係
脳卒中に置いてDVTは予想以上に発生しやすい合併症です。
欧米においては、片麻痺を生じた脳卒中患者で適切な予防行っていない場合には、2週間以内に50%にDVTを合併するとも言われています。
DVTは脳卒中発症後2~7日に最も発生しやすいというデータがあります。
DVTが肺塞栓の直接の原因となりますが、肺塞栓までに明らかな臨床症状を有する場合は少ないです。
脳卒中全体における肺塞栓の発症率は0.8~1%程度と言われていますが、脳卒中急性期の死因の13~25%を占めています。
症状を有した肺塞栓症の半数が突然死だったという報告もあります。
肺塞栓は脳卒中発症後2~4週間に好発します。
この時期は日本においては、回復期のリハビリテーションに移行する時期であり、注意を要します。
回復期のリハビリ病棟の入院患者でDVTは10%の出現率だったという報告もあります。
DVTや肺塞栓症の予防は、2004年から診療報酬に反映されることになり、今後重要視されていくことが予想されます。
症状
DVTはほとんど下肢に発症します。
膝から上に生じる近位型と、膝から下の遠位型に分けられます。
近位部型から重症の肺塞栓は起きません。遠位型が重症化する可能性が高く臨床的に見逃せません。
DVTの症状は、一般的には、
- 下肢の腫脹
- 熱感
- 圧痛
などが主となります。
麻痺側に発症しやすく、右よりも左に発症しやすい傾向があります。
麻痺が重症なほど発生しやすく、心房細動もリスクファクターの1つです。
長期臥床も問題となります。
脳卒中の患者の麻痺側が熱感を持ち、腫脹を示したら、ただちにDVTを疑い検査を行う必要があります。
ごくまれに上肢に発症することがあり、上肢の熱感を伴う腫脹の場合には注意が必要です。
肩手症候群と症状は類似しており、鑑別には理学的所見ばかりでなく、Dダイマーや腋窩静脈エコーなどを併用する必要があります。
脳卒中の場合、発症後の下肢DVTが多いです。
遠位型で大腿静脈に血栓が充満していても、医学的所見からDVTの有無を判断できないことも多いとされています。
臨床の現場でその存在が重視されてこなかった経緯があるのは、臨床症状に乏しいことも影響しています。
それだけ簡単に判断しにくい合併症であると言えます。
スクリーニング及び診断
明らかな麻痺を有する脳卒中の場合には、一度はスクリーニングをしなければなりません。
脳卒中急性期の場合には発症3~7日の間に行います。
急性期でスクリーニングが行われていないか、あるいはそれが不明の場合には、回復期病棟でも最初にスクリーニングを行います。
麻痺の程度や浮腫の程度からDVTを予測することは困難で、Dダイマーやエコーを利用すべきです。
回復期病棟でも肺塞栓で死亡するケースは存在すると言われています。
ちなみに私は回復期病院で5年働いていましたが、そのようなケースに遭遇することはありませんでした。
スクリーニングとしてはDダイマーが最も簡便です。
Dダイマーがカットオフ値を超えている場合はより精度の高い検査である下肢静脈エコーなどを行います。
Dダイマー各施設で検査方法や正常値が異なります。
したがって全国一律にカットオフ値を設定することはできません。
確実な診断方法としては、下肢静脈エコーが第一選択となります。
大腿静脈から下大静脈の評価を行います。
- 血栓エコーの存在
- 圧迫による血管変形の消失
- 血流シグナルの消失
などを元に診断します。
静脈エコー近位部型の血栓の感度・特異度は95%前後とされています。
遠位型のケースの検出能は低いですが、臨床的により重要なのは近位部型です。
エコー以外にはMRIを用いることも多いです。
エコーで見えにくく確信が持てない場合など、特別な場合に行われます。
CTも用いられますが、造影剤使用が必要であり、エコーで判別しがたい時に限られます。
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予防~ガイドラインを参考に~

脳卒中急性期の治療においては、発症直後からの予防が重要です。
クリニカルパスを用いている場合には、必ずそこに予防やスクリーニングの手立てを盛り込むべきです。
肺塞栓症やDVTの予防ガイドラインが「日本血栓止血学会」を中心に作成されています。
「DVTの予防法」
①早期離床及び積極的な運動
②弾性ストッキング
③間欠的空気圧迫法
④ヘパリン
⑤ワーファリンカリウム
参考)DVT予防ガイドライン 2004
ガイドラインでは、「脳卒中については強い危険因子とみなして予防を行うが、出血性脳血管障害患者等の抗凝固療法禁忌例に対しては、理学的予防法を選択する」としています。
また、脳卒中ガイドラインにも脳梗塞急性期の章に次のような記載があります。
- 下肢の麻痺がある急性期 虚血性脳血管障害患者では、深部静脈血栓症及び肺塞栓症の予防にヘパリン、または低分子ヘパリンの皮下注療法が推奨される。(グレードC1)
- アスピリンは、急性期虚血脳卒中患者における肺塞栓予防に推奨できない。またデキストランは深部静脈血栓症の予防効果は証明されていない(グレードC2)
- 段階的弾性ストッキングが深部静脈血栓症予防に有効との十分な科学的根拠はまだない(グレードC1)
参考)脳卒中ガイドライン
実際に、欧米ではヘパリンの投与が一般的です。
日本ではまだ一般的ではありません。
弾性ストッキングのみでなく間欠的空気圧迫法も含めて物理的方法が脳卒中患者の深部静脈血栓症を減らすという根拠はまだ充分ではありません。
しかし、一般の病院ではこれらの物理的を中心とした対策を講じるのが現実的と考えられます。実際、弾性ストッキングを処方されている例が最も多いです。
一般の急性期病棟では、明らかな麻痺があり、重症の患者は、両下肢に弾性ストッキングが処方される場合も多いです。
その上で積極的に離床を進め、かつ下肢挙上とROM(関節可動域訓練)を行います。
早期離床の徹底はDVT予防においても非常に重要です。
発症3日目にDダイマーを測定し、カットオフ値を超えていれば下肢静脈エコーやMRIで血栓の有無を確認します。
発症から4週を過ぎていて、車椅子を使用して離床している場合はスクリーニングで問題がなければ特別な予防行う必要はありません。
ベット上臥床状態では弾性ストッキングによる予防が無難です。
弾性ストッキングは、膝下までのタイプと大腿部までのタイプと2種類あります。
随意的な筋活動を有する場合(足が良く動く場合)には膝下までで充分とされています。
重症で離床まで期間を要すると予想される場合は、大腿までのタイプが無難です。
治療
DVTと診断された場合、上述のように下肢静脈エコーで血栓の状況を把握します。
その上で肺塞栓の有無あるいはそのリスクに応じて対策を講じます。
脳卒中が虚血性か出血性か、血栓の広がりが近位型か遠位型かで対応が異なります。
遠位部型
一般的に重篤な肺塞栓になる可能性が低く、DVTの治療と並行しながら通常通り早期離床図ることが可能です。
ただし、念のために心電図やX線撮影、低酸素血症の有無など肺塞栓のチェックを行っておくべきです。
下肢のマッサージは厳禁です。弾性ストッキングを使用していなければ直ちに使用します。
検査で問題なければ通常の麻痺に対する訓練を行って特に問題はありません。
バファリンカリウムの内服を行いながら定期的に下肢静脈エコーで血栓の状態を確認します。
近位部型
肺塞栓の有無を確実にチェックしなければなりません。
近位部型であると診断された場合、麻痺側下肢を15度程度挙上してベット上安静とします。
遠位型と同じく、血栓のある方の下肢のマッサージは厳禁です。
弾性ストッキングを使用していなければ使用します。
臥位で血栓のない方の下肢の筋力訓練等は可能です。
- 頻呼吸や頻脈の有無
- 低血圧の有無
- 低酸素血症の有無
- 心電図の変化
- 胸部X線撮影
などで肺塞栓の有無についてスクリーニングを行います。
近位部型でも血栓の量がそれほど多くなく肺塞栓が否定的0な場合は、速やかに抗凝固療法を開始します。
ヘパリンを使用し、その後ワ-ファリンカリウムに移行できれば最も望ましいですが、重症でなければ最初からワーファリンカリウムで間に合います。
この場合でも、少なくともPTが介入する時期まではベッド上安静とします。
PTが治療をしており、3日以上経過していれば比較的安全と判断して離床を開始します。
定期的に下肢静脈エコーを行いながら進めていきます。
専門医の診察によって肺塞栓になる可能性が高いと判断された場合、下大静脈フィルターが挿入されることが多い。
下大静脈フィルターが挿入されたら、肺塞栓の危険性がほぼなくなるので、基本的には翌日から離床が可能です。
使うのでしょうが挿入されない場合には、上述のように安静としつつ治療行うのがごく一般的です。
重症でありながら下大静脈フィルターが挿入されない場合は、安静期間が長くなり肺塞栓の危険性が高い期間も長くなるため、家族や本人に十分な説明が必要です。
肺塞栓の診断と治療
肺塞栓の主要症状は、
- 呼吸困難
- 胸痛
- 不安感
- 不穏
- 喀血
などです。
身体所見では、
- 深呼吸
- 頻脈
- 血圧低下
- ショック状態
- 頸部静脈怒張
などが著明となります。
肺塞栓症に明らかな特異的な症状や身体的所見はなく、重症度によって症状の程度も異なり、急性期では疑うかどうかが非常に重要です。
重症例では心停止に至る危険性が高いと言われています。
治療は専門施設で行われ、重症度に応じて、
- 抗凝固療法
- 血栓溶解療法
- 下大静脈フィルター
- 外科的血栓除去術
などが選択されます。
脳卒中は高齢かつ認知機能に問題のある患者が多く、肺塞栓そのものが特異的症状に乏しいです。
よって、スクリーニングを行うことが大変重要となります。
まとめ
私は急性期の患者さんをリハビリしたことはないのですが、回復期病院で働いている時にDVT疑いの患者さんを診させて頂いたことがあります。
マッサージ・ストレッチが絶対禁忌ですので、リハビリが非常にしにくかったのを覚えています。
肺塞栓症は致死率の高い非常に危険な合併症ですので、そのもとになるDVTを予防することがとても大切です。
今回の記事を参考に、DVTや肺塞栓症について少しでも知識を深めて頂ければと思います。