
ロコモティブシンドローム(ロコモ)をご存じでしょうか。
聞いたことがある方の中で、”ロコモの運動は足の運動”と思っている方もいらっしゃるのではないでしょうか?
今回はロコモティブシンドロームについて、本当に疾病を予防するために「知っておくとより良い知識」をご紹介します。
実はロコモ運動(ロコトレ)だけでは不十分かもしれません。
ロコモティブシンドロームとは?
ロコモティブシンドロームの”ロコモ”とは、”ロコモーター=運動器”のことを指すため、運動器症候群と訳すことができます。
2007年日本整形外科学会が提唱した概念で、運動器を鍛えて、健康寿命を延ばそう!、ひいては病気になると掛かる社会保障費の削減に一致団結して取り組もうというのがその趣旨です。
厚生労働省は推奨する健康日本21の取り組みの一つです。
※健康日本21とは?
健康日本21は、新世紀の道標となる健康施策、すなわち、21世紀において日本に住む一人ひとりの健康を実現するための、新しい考え方による国民健康づくり運動である。 これは、自らの健康観に基づく一人ひとりの取り組みを社会の様々な健康関連グループが支援し、健康を実現することを理念としている。
厚生労働省Hp
ロコモーションとパッセンジャー
もともと運動学では、体の部位で骨盤より下の部位をロコモーター、それより上の体幹部分をパッセンジャーと呼んでいました。
”ロコモーター”は上述の通り、”運動器”の意味合いもあるのですが、もうひとつの意味として、”運ぶもの”という意味があり、パッセンジャーは”乗客”を意味し、”運ばれるもの”のことを指しています。
本来の運動学の考え方では、ロコモーターとパッセンジャーは互いに影響し合い、どちらか一方を鍛えるだけでは効率的に運動できるようにはならないとされています。
これの関係性は、「地震が起きたときのビルの揺れ」を想像すると理解しやすいと思います。
ビルを構造物として人体に例えると、ビルの上の部分がパッセンジャー、下の階の方がロコモーターになります。
地震が起きて、ビル全体が揺れたとき、始めは下の階から揺れ始めます。
しかし、上の階の耐震性が低いと、上の階(パッセンジャーの部分)がグラグラ揺れ始め、それにつられて下の階の揺れも増幅されます。
耐震強度の強い構造物は、必ずこの原理により、上の階にも下の階よりも強靭な耐震措置が施されています。
つまり、基礎の部分と同じように上の階も強くしておかなければ耐震構造の意味をなさないのです。
また、ロコモーターとパッセンジャーの関係性は、スポーツの世界でも重要視されています。
優秀な陸上選手は、高いパフォーマンスを発揮するために、両足はもちろんのこと、骨盤よりも上の体幹のトレーニングを意識して重点的に行います。
陸上競技の場合、0.01秒単位の世界で戦っているので、いくら足が速く動かせるように鍛えても、そのスピードのせいで上体がぶれてしまうと、安定して走ることができません。
ですから、競技の世界では足とセットで体幹もしっかりと鍛えるのが常識です。
それでは、ここまでシビアな世界で戦っている陸上選手ではなく、私達が普段行っている日常生活程度のレベルの運動(散歩、ウォーキングなど)の場合はどうでしょうか?
ロコモーター(下肢)を鍛えるだけで充分なのでしょうか?
私の経験から言うと、まさしく日常生活レベルの動作を練習する臨床におけるリハビリテーションでも、このパッセンジャーとロコモーターの考えは非常に大切だと感じる場面が頻繁にあります。
ある動作(立位以上の抗重力位の動作です。)が上手くできない時に、足の力や機能ばかり着目してしまいがちですが、実はパッセンジャー(体幹)に問題があることが少なくないのです。
動作におけるパッセンジャーの影響とは?
パッセンジャーの影響による動作・パフォーマンスの違いを具体的に例を出して考えてみます。
写真は、高齢者に良くみられる、円背姿勢です。
円背姿勢になってしまう原因は様々で、一括りにすることはできません。
なので、この場合は、体幹の筋力が弱く、重力に抗して体幹を垂直に保つことができず、いわば体幹が”潰れてしまっている状態”だと仮定します。
この姿勢のまま歩くと、大きく足を前に振りだすことができず、歩幅が極端に小さくなります。
できれば実際に背中を丸めて歩いてみて頂くと実感できると思います。
両足の筋肉、関節の可動範囲、全て全く変化がない状態でも、体幹(パッセンジャー)の角度が少し変わるだけで、これ程の変化が出ます。
しかも、このような場合、ロコモ運動を行っていくら下肢の筋力や関節可動域を強化しても、根本の原因は体幹にあるので、解決策にはならないことも考えれます。
ロコモで推奨されている”ロコトレ”は主に足を鍛える運動である
私も職業柄、ロコトレをリハビリの参考にしようとホームページを眺めていますが、ロコモで推奨されている運動では、足の筋力に重点を置かれているものが多いです。
以下に、日本整形外科学会公認、ロコモティブシンドローム予防啓発サイト「ロコモチャレンジ!」より、推奨されている運動を一部引用します。
どれもロコモ運動で代表的な運動です。
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ロコトレ①片脚立位

ロコトレ②スクワット

ロコトレ③ヒールライズ

本当に必要な運動は「ロコトレ+コアトレ」
ロコモティブ運動=ロコトレを行うと、確かに基本的な下肢の筋力とある程度のバランス能力を鍛えることができると思います。
しかし、加えて体幹を鍛える運動を行うべきでなはいかと個人的には思います。
上述の様に、動作のパフォーマンスを上げて、「より活き活きと、快適に生活するための体を作る」という目的では、ロコトレだけでは不十分で、「ロコトレ+コアトレ」が必要です。
(”コア”とは核、つまり人体の場合体幹を指します。)
例えば、腰痛に悩む患者さんは日本に1000万人いると言われており、10人に一人が腰痛で悩んでいます。1)
腰痛を改善させるのに、どう考えても足のトレーニングだけでは充分ではありませんし、やはり、パッセンジャーである体幹にアプローチする必要があります。
また、円背など体幹の筋力低下・異常はバランス能力にも大変大きな影響を及ぼします。
高齢者で寝たきりになる原因第3位の骨折・転倒(全体の12.4%)を予防するためにも、下肢の運動だけでなく、体幹を強化するコアトレーニングを併用して行うべきではないでしょうか。2)
コア(体幹)トレーニングは、実は日常生活の中で簡単に行えるものも多くあります。
具体的な方法はボリュームがあり過ぎてここでは紹介しきれませんので、別記事にまとめています。
是非参考にしてみて下さい。
まとめ
リハビリテーションの現場で働いていると、患者さんの体の問題を特定するために、”個別性”という人それぞれの違いを見極めていくことが非常に大切だと痛感します。
健康日本21で提唱されている、国民の健康寿命の増大を図るための取り組みはまだまだ始まったばかりで、この個別性というところが非常に不足しているのではないかと杞憂しています。
このロコモにしても、「運動をしましょう!」という国民への”意識の啓蒙”の意味はあると思いますが、まだまだもっと突き詰めた具体的な方法が必要であると感じます。
参考)
1).腰の痛み全解説HP
2).生活習慣病オンライン