
理学療法士として臨床で5年働いて思うことを書きます。
理学療法士は優しい人が多いです。人を蹴落としても上に上がりたいって人はいないことはないですが、珍しいです。
あなたのソーシャルスタイルは?
ソーシャルスタイル診断というものがあります。
人の社会的な態度を診断するものです。
私の勤務先で理学療法士が集まってこれをやってみたことがあります。
結果、この図でエミアブルに近い人が大変多く、20人に1人位がエクスプレシブでした。
ちなみに私はアナリティカルで、周りも納得していました。
エミアブルの次に多かったです。
うちの勤務先だけってことはなく、ほとんどの理学療法士が仕事の性質上、エミアブル寄りになるのではないかと思います。
エミアブルの短所を挙げてみます。
・八方美人になりがち
・一人で仕事を抱え込む
・優柔不断
・プレッシャーに弱い
・騙され易い
・「顔で笑って心で泣いて~黙って従う」
セラピストってこういうタイプが大半な気がします。
(稀にやたら気が強い人もいますが。)
外資系企業の営業職とかだったら、エクスプレシブとかドライビングが多いのかもしれませんね。イメージですが。
人のために役立つ仕事がしたいと思ってこの仕事を選んだ人も多いと思います。
私もそうです。
1つだけしか選べない?
世間には物事は一つしか選べないって盲目的な信仰みたいなのがあって、
例えば、「人生は決断の連続だ」とかよく聞く言葉です。
どれかを選ぶってことは、どれかを捨てることだと大体の人が何となく思っている。
でも、本当はあれもこれも全てを持ちたいって思うことが普通なんだと思います。
その感情に蓋をして、見ないふりをしている。
それはそれで当たり前だと思いますが、なんか違う気もします。
今まで生きてきて、そういう風に学習したのでしょうね。
「顔で笑って、心で泣いて」ってまさしくこのことだと思います。
利他的行動という言葉があります。
利他的行動(りたてきこうどう、英: Altruism)は、進化生物学、動物行動学、生態学などで用いられる用語で、ヒトを含む動物が他の個体などに対しておこなう、自己の損失を顧みずに他者の利益を図るような行動のこと。理想的には、利益は適応度で計られる。行動の結果だけで判断され、目的や意図は問わない。利他的行動の進化は動物行動学などで長く議論の対象となっている。利己的行為の対義語としても用いられる。行動の進化の文脈では、同じ意味で協力行動(Co-operation)が使われることもある。参照 wikipedia
母性愛とかが分かりやすいですが、例えば猫が子供を守るために自分を犠牲にしたりすることが動物の世界でも珍しくない。
自分のことを顧みず、他者に尽くす。
これは、一見綺麗な言葉ですが、私は裏に何か薄暗い悲哀の様なものを感じてしまいます。
それは、自分を大事にしない、というニュアンスを含む気がするからです。
人は不安に弱いです。
不安が嫌いです。
不安を避けるために、決まったことや、ルールを自然と用います。
例えば人生で自分と他人に自分の時間と労力をどの位の割合で当てるか?
と考えてみて下さい。
自然に70、30とか、足して100%になる様に考えるでしょう。
当たり前なんですが、私はそこに疑問を感じます。
本当はルールなどない。
なぜ、自分に100%、他人にも100%と考えないのか?
考えてはいけないことはないはずです。
セラピストも同じで、患者さんのために!って頑張ってる、本当に真面目で誠実な人が多くて、私は大好きです。
でも、大好きだからこそ、もっと自分のためにも働いて欲しい。
自分に目を向けて欲しい。
患者さんや未来のセラピストのために粉骨砕身、がむしゃらに働くのも良いですが、
ここで1度立ち止まって、
「自分の幸せ」はどうやったら手に入るのか?
よく考えて欲しい。
人の役に立つことだけを考えていては、自分を雑にしか扱えなくなります。
人の幸せが自分の幸せと思ってる人もいるかもしれません。
しかし、それだけではだめです。
もし、無償のボランテイアのみをやり続けて幸せだと思っている人がいるとしましょう。
しかし、そんな人も数年もすれば気付くはずです。
買いたい物も買えず、自分の将来の糧になる様なことにも投資出来きず、不安がどんどん大きくなっていっているはずです。
人の喜びを素直に喜べなくなってくる自分に気付きます。
さらに、家庭を持てば、自分の愛する家族にお金の面で苦労させて、悲しい思いをさせることになるかもしれません。
それで、幸せって思えるでしょうか?
こんな悲しいことにならないためには、
自分のためになることで、かつ、人の役に立つことをもっと選択してやっていく必要があると思います。
他人に本当に価値のあることを提供していれば、自分にもその価値が帰ってくるはずです。
しかし、私はいらない、と思っている人はその返ってきた価値を取り逃がしてしまう。気付けない。
セラピストももっと自分の給料や地位が上がるためにはどうすれば良いか、貪欲に考えて主張していくべきです。
自分に100%、他人にも100%良いことが探せば必ずあるはずです。
例えば、このブログもそうです。
そこを目指しています。
人生はやりたいことがある人には短いものです。
足して200%のものを探し続けて色んなことをやって行けば良いのではないかと最近思っています。
足して100%だけが正しい答えじゃないです。
将来を見据えることで新しい道が見えてくる。
具体的には、先を考える習慣を付けることで、自分も大事にできるきっかけになるのではないかと思います。
自分が損なことばかりしていると、自分が先細りになっていきます。
先程のボランテイアの例がそうです。
このやり方では、今は良くても、
自分の将来がないので
「将来のあなたに助けられるはずだった人」
を助ける余力がないかもしれません。
自分を発展させていってこそ、今より多くの人を助けることができる様になります。
”自分を大切にする人は、他人も大切にできる”と言われる根拠はここにあると私は思います。
もっと、自分に投資して下さい。
安易に行動するのではなく、費用対効果をちゃんと見据えて動いて下さい。
勉強会とかもそうですね。
安易に参加しない。
ちゃんと得られる技術や知識が、自分の肥やしになると思えるものにだけ参加して下さい。
自分の利益をしっかり確保した上で動いて下さい。
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自分のために何かをすること、それは人のためにもなり得ます。
考えて上手く動けば。
両者は反発しない。
何でも1個しか選べないなんて、思い込みです。
100%にならないといけないなんて決まっていません。
自分がしたいことが他人のためになるように自分を教育して、物事を選択していって下さい。
それが、本当に人を幸せにする近道だと思います。