
リハビリにおける臨床でも、どうしようもないくらい痛みの訴えが強い患者さんに遭遇することがあります。本人ももちろん困っておられるでしょうが、治療する側としても本当に困ってしまいます。
そんな「ど~しようもなく辛い痛み」である慢性疼痛についてまとめました。どうすれば治るのでしょうか?考えてみましょう。
慢性疼痛とは
担当する患者さんにこんな痛みの訴えはありませんか?
- 異痛・・軽く触れるなど通常では痛みを出現させない程度の刺激で痛みが出現する。
- 痛覚過敏・・痛みの反応が過敏で強烈。
- 長時間に及ぶ灼熱間や電撃痛・・やけどの様な痛み、と表現されることが多く、第三者が触れると飛び上がったり、体を大きくビクつかせたりする。
- 同じ刺激によってもすごく痛かったり、全く痛くなかったり、差が激しい。
- 眠っていると痛みの訴えがほとんどない。
これらの症状は、慢性疼痛のある患者さんによく現れる症状です。
”痛み”はこれまで数々の観点より分類されてきましたが、痛みがどのような状況で出現しているのかによって分類すると次のようになります。
まずは怪我や疾病などにより、生体組織の異常によって侵害受容性疼痛が発生します。これが一般的に”疼痛”と言われる範囲の痛みのことです。
侵害受容性疼痛には二種類あって、
- 侵害受容性疼痛(急性痛)
1.生体外からの刺激に起因する痛み
2.生体内からの刺激に起因する痛み
があります。
これらが持続すると、
慢性疼痛または、慢性疼痛症候群と呼ばれる状態になります。
これが上で私が云った、いわゆる「ど~しようもなく辛い痛み」です。
そして、慢性疼痛にも以下の2種類があります。
1.神経因性疼痛
痛覚神経系の異常に起因する痛み
2.心因性疼痛
心理的・社会的、あるいはその人を取り巻く環境に起因する痛み
です。
一般的な痛みと慢性疼痛との違いについて
生体外からの刺激に起因する痛み、および体内からの刺激に起因する痛みとは、いずれも一次痛覚繊維(高閾値機械的受容器繊維・ポリモーダル受容器繊維)末端の受容器に刺激が加わった結果痛みが生じる場合です。
これらは侵害受容性疼痛、急性痛と呼ばれています。
この侵害受容性疼痛では痛覚神経系そのものには異常はなく、このときの痛みは刺激に対する痛覚神経系の正常な反応です。
一方、一次痛覚神経末端の受容器に刺激が加わらなくても、痛覚神経系のどこかに機能異常が存在すれば痛みは生じます。
これは神経因性疼痛とよばれ、代表的なものに、CRPS(complex regional pain sindrome)・幻肢痛、帯状疱疹後疼痛、感覚麻痺性疼痛、視床痛などが挙げられます。
その痛みは一般的に長時間持続することが多く、数年あるいは生涯にわたり継続することもあります。
上述の侵害受容性疼痛および神経因性疼痛以外の痛みは心因性疼痛と呼ばれます。
純粋な心因性疼痛は身体的な因子が全く存在しないもののことを言いますが、臨床では心理的因子に加え、多少なりとも身体的な因子が同時に存在していることが多いです。
一般的に慢性疼痛あるいは慢性疼痛症候群と言われるものは、この神経因性疼痛及び心因性疼痛の両者を含んだことを指す場合が多いです。
慢性疼痛の発生機序
慢性疼痛は、末梢組織あるいは末梢神経終末部の異常、末梢神経に損傷が及んで中枢神経系に生じた機能異常、中枢神経系の障害及び心理学的機序によって生じると考えられていますが、その発生機序の詳細は未だ不明な点が多いとされています。
神経因性疼痛の発症機序
神経因性疼痛の発生機序については、何らかの原因による神経損傷の後、痛覚神経系に種々の機能的あるいは形態的な変化が可塑的に出現することが実験的に確認されており、これらに基づいて諸説が提唱されています。
しかし、いずれの説においても単独で神経因性疼痛の全てを解釈することは困難であり、これら痛覚神経系に出現する可塑的な変化が空間的にも時間的にも相互に関連しあい、神経因性疼痛の持つ複雑な臨床像を表出しているものと考えられています。
神経因性疼痛の末梢性機序
末梢部の変化
神経損傷後にはα2受容体が出現します。
α2受容体は、交感神経節後線維の神経伝達物質である、ノルエピネフリンに反応する受容体であり、刺激に対しては敏感に反応してしまうようになります。交感神経の興奮で痛み刺激が誘発されるような場合はこの機序が多いとされています。
エファプス伝達の成立
神経線維が損傷すると、その修復過程において隣接する神経繊維間でもインパルスが流れてしまう、エファプス伝達が出現します。
結果、触刺激等の低刺激でも一次痛覚繊維の興奮を引き起こし。日常的な軽い刺激によっても痛みが出現することになります。
損傷神経の異常興奮
切断神経の中枢側では、神経腫・脱随神経などが出現します。これらの部位の では酸素欠乏・炎症物質あるいは機械的・寒冷など数々の刺激に対して容易に自発放電が出現するため、刺激に対して敏感になります。
痛みの記憶
一次痛覚線維が持続的に興奮すると、脊髄後角内の二次痛覚神経細胞内に”c-fos”と呼ばれるタンパク質が出現することが確認されています。
このことにより、痛みが中枢内で記憶として認められていることを物質レベルで示唆すると言われています。
疼痛抑制機構の破綻
一次痛覚繊維からのインパルスは、脊髄後角内の二次痛覚線維に伝わり、さらに上位へと伝達されます。
この情報は中脳にある疼痛抑制系を賦活し、下行性に脊髄後角細胞の活動を抑制します。
生体としては痛みを感じないとマズイですが、感じ過ぎても支障があるので、それを抑制する機構が中脳に備わっているということです。
末梢神経損傷による持続的インパルスの発生はこの下行性疼痛抑制機構に異常を生じさせ、痛みを出現・持続させていると考えられています。
心因性疼痛の発生機序
心因性疼痛については臨床的に痛みに関与する因子として様々なものが挙げられています。
以下にその原因になると言われているものを記載します。
- 心理的メカニズムによるもの
- 暗示
- 注意の集中
- 条件付け
- 対人交流、情動表現の手段としての痛み
- 依存欲求(甘え、保護、援助)
- 敵意や攻撃行動の抑制
- 罪悪感、自己処罰
- 同一視
- 疾病逃避、二次的疾病利得
- 痛みが発生しやすい心理反応として
- 不安
- 緊張状態
- 転換ヒステリー反応
- 心気状態
- 抑うつ状態
しかし人によって個別性が強く、確実な原因を追究することは、現状では不可能であり、不明と言われています。
現代の科学を持ってしても、人体の体だけみてそのすべてを解明するのは至難の業ですが、さらに心の問題も加わると、もっと困難で、とても簡単に理解できるものではなさそうです。
慢性疼痛の治療
上述のように、慢性疼痛については不明なことが多すぎます。
しかし、確実に言えることがあって、一旦慢性疼痛に陥ってしまうと、その後の治療の多くは非常に困難なものとなることです。
これは私達リハビリを仕事にしている者には、非常に身近に感じられることではないでしょうか。
そこで、「慢性疼痛を出現させない」という予防が最も重要となります。
可能な限り事前に痛覚情報の発生を抑制(例えば術前麻酔がそうですね。)慢性疼痛出現のきっかけとなる、侵害受容性疼痛の完全な鎮痛を心がけることが慢性疼痛発言を未然に防ぐことにつながります。
痛いという訴えがあるのに、そのまま放置せず、慢性疼痛になって手が付けられない様になってしまう前に手を打必要があります。
特にPT部門での関節可動域運動や筋力増強運動など、痛みを伴う理学療法は慢性疼痛発生の引き金となる可能性が充分あることを心がけなければなりません。
慢性疼痛の発生機序が不明である現在では、慢性疼痛に有効な理学療法等は存在しません。
よって、その発生機序の仮説を考慮し、それぞれの症例について多少とも効果のありそうな治療を逐一選択し、実施することになります。
慢性疼痛に対する理学療法としては、各種の末梢刺激鎮痛法や心理的効果を目的とした運動療法、痛みによって二次的に引き起こされる筋緊張や精神的緊張を緩和する目的で各種の弛緩法などが適用されることが多いようです。
運動療法に関しては、身体活動の増加による心理的な改善を目的に行うものであり、訴える疼痛部位にこだわらず全身的な運動を選択する方が良いとされています。
全身浴や、プール内運動を併用することが良い結果を招くとする文献もあります。
一方、治療者側の十分な励ましと観察の元で痛みをこらえてもそれらの運動を実施するのが良いのかの判断は臨床的には非常に困難です。
この判断は理学療法部門のみではなく、チーム医療として他部門からの情報も合わせて総合的に判断すべきものです。
慢性疼痛に悩む方は怪しい情報に注意が必要?!
上述の様に、慢性疼痛は原因が掴めず、苦しんでいる方にとっては非常に深刻な悩みです。
人によっては痛みが出るため外出できない、人に相談しても「気のせい」と言われるなど、その悩みの深さは計り知れません。
「溺れる者、藁をも掴む」という言葉がありますが、その悩みの深さゆえ、痛みに悩む方はインターネットなどにある「たった5分で嘘の様に痛みが消える!」などの疑わしい情報に惑わされやすくなってしまいます。
断言できますが、多くのそういった情報は、今回ご紹介した、慢性疼痛の内の「心因性疼痛の曖昧さ」を利用しているものがほとんどです。
心因性疼痛があり、普段うつ傾向にある方は、少しいつもと違う気分になれること(運動や気功とか催眠術もそうですね)をして、「嘘のように治った!」と感じることも無くはない、と思います。
なので、実際に嘘とは言えないかもしれませんが、しっかりとした根拠が無く、体験談だけを紹介しているような疼痛に対する情報はこの「気分転換効果」があるだけ、という場合も多いと思います。
それで痛みが消えて幸せになれるならそれでも構いませんが、効果はその場限りであり、はっきり言って高額なものも多く、費用対効果の面から言って微妙なものが多いと思います。
医療が何の為にあるかと言えば、人々が「健康」であるためです。さらには健康を通して、個人の人生の幸福を実現するためだと思っています。
私は漫画の北斗の拳のように、「アチョー!」って簡単に秘孔を突いて確実に病気が治るなら、それを絶対一番にお勧めします。
そんなに良いものなら絶対に取り入れるべきです。確実に治る治療ならどんな方法だって良いと思います。
しかし、残念ながら、人類が始まって以来、ずっと悩まされてきた疼痛がそんなに簡単に消える訳はなく、実際に一般的に広まっている地道な方法が現在ではベストな方法だと思います。
なので、慢性疼痛に悩まされている方が、少しでも楽になって、さらに「泣きっ面に蜂」のごとく嘘の情報によって騙されてしまわないように、という想いもあって今回の記事を書きました。
少しでもご理解頂ければ幸いです。
まとめ
色々と書きましたが、話を戻すと、結局は、慢性疼痛になってしまうとかなり手が打ちにくい、という事が言えそうです。
しかし、臨床では「0か100か、白か黒か」なんてことはほとんどなく、それはこの慢性疼痛に関しても言えることだと思います。
慢性疼痛の中にも、侵害受容性疼痛の存在が全くない、というケース(100%生粋の慢性疼痛)は稀であり、慢性疼痛と考えられている患者さんの訴えの中にも、リハビリで対処可能な侵害受容性疼痛が混ざっていることも多いはずです。
私の経験では、筋原性の痛みが、慢性疼痛を訴える患者さんの痛みの一因子となっていることも多いと思っています。
なので、慢性疼痛だからといって評価を怠らず、対処可能な部分を探っていくことが大切だと思います。