
長寿化する日本では、高齢の方にリハビリの中でバランストレーニングを行うことが非常に多くなっています。転倒による骨折のリスクは、いわゆる”寝たきり”を誘発する廃用症候群を併発させる可能性が高くなります。
特にリハビリを集中的に受ける病後(急性期や回復期)の時期には、筋力や関節などの弱ってしまった「運動器」の機能回復だけでなく、全身運動であり、全身の各機能(筋肉と神経、感覚)を再調節する運動である「バランストレーニング」を行うことは非常に大切です。
そこで、今回は、リハビリの臨床で行われる、代表的なバランストレーニングを8種類ご紹介します。ベーシックで基本的なものばかりですが、ここからアレンジすることで様々なバランス練習を行うことができます。
バランストレーニングを行う意味・目的
バランストレーニングを行うことで、どんな効果が期待できるのでしょうか。まずはバランストレーニングの意味と目的、その効果を確認しておきましょう。
転倒予防
バランス能力を鍛えることで、外界の刺激に素早く反応できる体を作り、歩行中の転倒予防に効果的です。
リハビリの臨床では対象が高齢者の場合が多いため、バランストレーニングを行う際は、ほとんどの場合、転倒予防の知識が必須となります。
筆者は、転倒予防について本を出版しています。良ければこちらも参考にして下さい。
当ブログから出版決定!書籍「100歳まで元気でいるための歩き方&杖の使い方」
易疲労性の改善
例えば、小脳性の疾患がある方は、バランス能力が悪くなりやすい(運動失調といいます。)ため、少しの動作でも疲労を感じやすくなります。
小脳性疾患の方に限らず、バランスが悪い状態にある方は、
- 無駄な動きが多くなってしまう
- 体のどこかを集中して使うクセが付いている
などの問題がみられます。
そうすると、少しの運動でも、過剰に体の一部分を酷使したり、非効率的な運動となるため、易疲労(疲れやすい)という状態になってしまいます。
易疲労性が高いと、日常生活でも活動量が低下する傾向にあるため、徐々に足や全身の筋力低下に繋がり、悪循環となることもあります。
パフォーマンスの向上
動作を円滑に行い、パフォーマンスを向上させるためにもバランストレーニングは重要です。少ない動きで効率的に力を発揮するためには、全身の調節能力が高いこと、つまり、バランス能力が高いことが必須のスキルです。
また、主に高齢の方で、日常生活動作の動作速度が遅く、動作緩慢な場合がよくみられます。
動作があまりにも緩慢であると、日常生活での実用性が低下し、その動作自体は時間を掛ければ行えるにも関わらず、実際には日常生活の中で行われないようになったり、介助が必要になったりします。
そういった場合に、バランストレーニングを行うことで、動作の緩慢が改善し、日常生活動作の中で動作としての実用性を発揮する場合があります。そうすると、日常生活の中で良い循環を取り戻すことができます。
リハビリの臨床で行われるバランストレーニングの実際
バランス能力とは、静止、または動的動作における姿勢維持の能力のことで、この能力は、
- 感覚系
- 中枢司令系
- 筋力系
などの要素によって決まります。
バランス本来の意味については、ここでは書ききれないくらいの定義や意味がありますので、詳細は過去記事、バランスとは?をご参照ください。
「不安定な支持面を作り、その上で姿勢を保持する」
これがバランス練習の基本的な考え方です。
しかし、これは同時に、転倒のリスクと隣り合わせであり、危険なトレーニングでもあるということです。リハビリにおける臨床ではリスク管理を徹底した上で、バランストレーニングを行います。
これからご紹介するトレーニングも、くれぐれも転倒しないように、リスク管理を充分考慮したうえで行って下さい。
立位で行うバランストレーニング
立位で行うバランストレーニングをご紹介します。バランストレーニングの基本となるものばかりです。
片脚立位保持

片脚立ちをするバランストレーニングです。
正常歩行の途中で、片足立ちになる時期(立脚相)が必ずあり、多くの場合その時期に転倒します。よって、片足立ちが安定して行えるようになると、それだけ転倒しにくくなると言えます。
また、バランス能力や体力のスクリーニング評価(直訳では、ふるい分け。目的とする疾患に関する発症者や発症が予測される人を選別する)として利用されることも多く、リハビリの臨床で行う機会はかなり多いです。
以下に臨床で行われる正式な片脚立位保持の評価の方法と、カットオフ値を記載します。
高齢者の場合、片脚立位保持時間が5秒を超えるかどうかが重要だと私は感じています。
正式な片脚立位保持の評価方法
- 両手を腰に当てる
- 上げる方の足は床より5㎝程度浮かせて保持
- 足を巻き付けたり、固定してはいけない
- 左右交互に行い、最長120秒まで
ストップウォッチを止める時(計測終了時)は・・
- 床に足が付いたとき
- 支持脚がずれたとき
- 手が腰から離れたとき
- 浮かせている足が支持脚に触れたとき
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片脚立位のカットオフ値
以下の数値が基準値となります。これを下回ると、バランス能力が低下していると判断されます。
平均基準
- 40歳以上 180秒
- 60歳代前半 70秒
- 80歳代前半 10秒
体力が低下している虚弱高齢者の場合、
- 60歳台 20秒以下
- 70歳代 15~10秒以下
- 80歳以上 5秒以下
5秒以下で「転倒ハイリスク」と判断されます。
効果
歩行及び立位での安定性向上、転倒リスク軽減に効果があります。
歩行 二重課題

バランス練習としてよく行われる、「二重課題」はDual Task(デュアルタスク)と呼ばれます。
複合的に課題を課し、注意を分散させて歩行動作の遂行能力、安全性・安定性を高める目的で行われます。
- 運動課題(例:水を入れたコップを持って歩くなど)
- 認知課題(例:簡単な計算をしながら歩くなど)
の二種類があります。
詳細なやり方は過去記事、認知症高齢者の転倒予防のリハビリに記載しています。
私は、「バランス練習を行う人がどんなタイプの人か」によって、運動課題にするか、認知課題にするか決めることがあります。
心配性で、すぐに考え込んでしまう傾向がある方の場合は、認知課題を重視して行なったり、せっかちな方(マルチタスク=何かをやりながら別のことをしてしまう)の場合は運動課題を重視してバランス練習を行う、というようにです。
効果
安定した歩行動作の無意識化での定着による転倒リスクの軽減
バランスディスクを使用したバランス練習
バランスディスクはゴムの中に空気を入れて、敢えて不安定な状態を作り出します。写真のようなバランスディスクの上に立ち、様々な動作をすることで、バランス練習を行います。
実施する方の身体能力に合わせて、負荷を変えて、様々なバランストレーニングができます。立って行うバランスディスクを使った練習では、姿勢制御(股関節戦略・足関節戦略)などのバランス能力を鍛えることができます。
※)バランスと関係が深い”姿勢制御”についてはこちらで解説しています。
リハビリでのバランスにおける姿勢制御「足関節戦略と股関節戦略,ステッピング戦略,臨床でのトレーニング方法」
バランスディスクの具体的な使い方の一例をご紹介します。
負荷軽め
- バランスディスクの上に両足で立つ。(立位保持)
負荷中程度
- 両足で立ち、バンザイをしたり、両腕を横に左右に開いたり閉じたりなど、上肢の運動をする。
負荷高め
- バランスディスク上で片脚立ちをする。(片脚立位保持)
- 片脚立ちでバンザイなどの上肢挙上運動。
- 両足で立ってキャッチボールをする。
効果
全身の協調性を高める、動作の安定性・安全性の向上
※)他のバランスディスクを使用したバランス練習の方法は、こちらに記載しています。
バランスディスクのバランス練習の方法、効果的な使い方・選び方は?
ステップ練習
両足で立った状態から、その場で片足を前後左右、各方向へステップする練習です。
人がつまずいて転びそうになった時に、つまずいた方の足を素早く立て直すことができれば、転倒せずに済みます。しかし、支持脚である方の足の筋力が弱いと、反対側のつまずいた方の足を速く動かすことができません。
つまずきによる転倒予防の為にステップ練習を行うことで、振りだす方の足のコントロールの練習と、支持脚の使い方を学習し、トレーニングすることができます。
より歩行時の転倒予防に即した練習です。
ウェイトシフト(体重移動)が動作中に円滑にできない方に用いることが多いトレーニング方法です。段差を利用して行うことも多い練習方法です。
※)ステップ練習についてはこちらに詳しく解説しています。脳卒中片麻痺の自宅で簡単にできるリハビリ「足の効果的な自主トレ」
効果
歩行中のつまずきによる転倒を予防する。
横・後ろ歩き
横や後ろに歩くだけですが、歩行とは少し違う重心操作を要求されるので、意外とできない方が多いです。
横歩きは中殿筋のトレーニングにもなるので、歩行中や片脚立位の安定性向上にも貢献します。
後ろ歩きは、股関節の伸展を促し、後方へ転倒するときのステップ反応(足を踏み出す反応)を促します。
※)バランスに関係の深い中殿筋の機能などについては、確実に伸びる、鍛えられる!中殿筋のストレッチと筋トレの方法 オススメ7種類
タンデム立位・歩行

片脚のつま先にもう一方の足の踵をくっつけて立位保持を行ったり、歩行したりします。
イメージとしては綱渡りをして歩く感じです。タンデム歩行では、支持基底面をわざと狭めて歩くことで、動的なバランス練習となります。
かなり難易度が高く、足先と踵をきっちりと付けて行うのが正しい方法ですが、適切に行える高齢者の方はかなり稀です。
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臥位で行うバランストレーニング
臥位でもバランストレーニングを行うことができます。
ダイアゴナル

コア(体幹)も積極的にトレーニングできるため、体幹筋群が弱っているために立位や歩行での安定性が低下している方に対して行います。
肩関節が最低90度屈曲する姿勢を取るため、片方の上肢で体重を支持できないと行えない訓練ですが、全身の筋力をバランスよく使う訓練になり、あらゆる動作の安定性向上に繋がります。
特に、小脳性の運動麻痺がある方は体幹の機能が低下していることが多いので、体幹の固定性を向上させ、バランス能力の向上に効果的です。
効果
全身の筋肉バランス調整による動作時の安定性・安全性向上
座位で行うバランストレーニング
座位で行うバランストレーニングをご紹介します。
リーチ

主に片麻痺や大腿骨頸部骨折の既往がある方、殿部や股関節に問題がある方は、姿勢が健側に傾いていることが多いです。
そのままにしておくと、偏重して体を使う癖が付いてしまうため、筋肉も偏り、結果、姿勢が偏移してきます。
また、日常生活で体の片方のみを酷使する動作を続けていると、易疲労(疲れやすさ)や、バランス能力低下にも関係してきます。
そこで、座位バランスを修正するリハビリとして、座位での側方リーチがリハビリの臨床で頻繁に行われます。姿勢の制御が上手で、バランス能力が比較的高い方は、リーチできる距離が長い傾向があります。
まとめ
バランストレーニングは上記のように様々な種類があります。
基本的なものばかりですが、これらの基本的なトレーニングをしっかりと反復して練習することで、バランス能力は向上していきます。
全身の筋力に関して、若年者においては静的・動的な状態で姿勢を維持するだけの十分な筋力があるため、あまり問題とはされません。
しかし、加齢により筋力が大きく低下している高齢者においては、筋力がバランス能力を規定する大きな要素になっていると言われています。
しかし、一方で転倒予防の基礎知識はこれを見ればOK!転倒予防ガイドライン・文献の要約 「療法士向け 評価・カットオフ値」にも書きましたが、高齢者において筋力トレーニングをするだけではバランス能力向上の十分な効果は得られない、とする文献もあります。
筋力トレーニングとバランストレーニングを併せて行うことで、より確実に効果が得られるので、ぜひ普段のリハビリで筋力トレーニングと合わせてバランストレーニングを取り入れてみて下さいね。
<参考文献>
次の記事は、「転倒予防だけでなく、骨折予防も大切!ヒッププロテクターについて」です。