「この国には何でもある。だが、希望だけがない」〜「well-being発信局」開設〜


このブログ「未来のPT 」とは別に、「wellーbeing発信局」というブログを立ち上げました。

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「well-being発信局」開設の想い

この「未来のPT」ブログを開設したのが2015年7月(この記事執筆時は2019年11月)で、当時はリハビリ職(理学療法士)として働き始めて5年ほど経過した頃でした。

 

当時は、回復期のリハビリ専門病院で働いた後、在宅での訪問看護ステーションで働き始めたばかりで、リハビリ職としても経験が浅く、その分視野も狭かったと思います。身体ばかりに焦点を当てたリハビリ記事を書いていました。

しかし、在宅で働き始めると「人生における健康は身体だけ良ければOK」というものではないということが明確に理解できました。

 

疾患があり、身体の痛みや動きにくさがあっても、毎日何かにチャレンジし、周りの人に感謝して前向きに生きている方もいます。

 

一方で、それほど身体に問題がなく、少し膝が痛むことを気にして家に閉じこもってしまい、テレビを毎日見て「今の政治は〜」、「最近の若い人は〜」と不平不満を毎日述べながら過ごしている人もいます。(特に高齢者の方はテレビ以外の情報源がないので、テレビを完全に信じて鵜呑みにしてしまっている人も多いように感じています。)

果たして、どちらが幸せで、充実した豊かな人生なのか?私はずっと頭を悩ませていました。

「元気があればなんでもできる」のウソ

若年層,自殺率

健康な若い人(14歳から44歳)でも毎年自殺する人が2万人近くいます。「健康で元気があればなんでもできる」というのは明らかに間違いであると分かります。

人は「環境」の中で生きています。環境とは「包み込むもの全て」のことです。

例え体が全くの健康でも、適切な人間関係を築くことができず、死にたくなるほど悩んでいる人はたくさんいますし、金銭的に余裕がなく、限られた選択肢の中で苦しい思いをしている人もいます。

 

一方で、著書「五体不満足」で有名な乙武さんのように、四肢が不自由でも、ある意味自由に新しいことに果敢に挑戦し、健康な人よりも様々な人間の持つ可能性を追求している人もいます。

画像引用)Wikipedia

スティーブン・ホーキング博士も、筋萎縮性側索硬化症を患い、体が不自由にも関わらず、世界のトップレベルの研究者として健常者でもとてもできないような偉業を数多く達成されています。

パラリンピックでも、健常者である私が走るよりも断然早く走ることができる、足に障がいがある障がい者の方もたくさんいらっしゃいます。

 

もちろん、この方達は特殊な例として私も認識しています。

この方たちのように生きることを、私も含めた一般の人に強制することは無理があると思います。

しかし、身近なケースとして、私の知り合いの方でも、生まれつきの脳性麻痺がある男性のお話をお聞きすると、私よりも積極的に外に出て、いろんな人と交流し、毎日を楽しく過ごされています。

 

私自身、そういった知識が増え、経験をたくさんすると、体が健康であることは、やりたいことをしたり、楽しいことをしたり、人生で幸福を感じる要素のうちのあくまで1つでしかなく、他の要素も同じかそれ以上に重要だと思えて仕方がありません。

体の健康意外に大切な要素とは、

  • 自己肯定感
  • 「なんとかなる!」と思える気持ちや考え方
  • 「やってみょう!」と思える前向きさ
  • 人と自分を比べ過ぎない「マイペース」さ
  • 逆境を乗り越え、何度でも挑戦できるレジリエンス
  • 人と良好な関係性を築くコミュニケーション力
  • 人を信じられる心
  • 自身の感情をコントロールする力や他人の感情の変化を察する力
  • ある程度余裕がある生活ができる収入
  • 論理的に考える力
  • 周りの人間関係

などです。

well-beingという考え方に辿り着く

上のように自身の中でリハビリの定義の変異があり、悩んでいたところ、ネットでいろいろ検索していると「well-being:ウェルビーイング」という単語に出会いました。

今のところは解釈は人によって異なるようですが、直訳すると「よりよく生きる。より良い在り方を目指す」というような意味です。

人間が幸福に生きるためには、

  • 健康
  • 趣味
  • 仕事
  • 人間関係
  • 収入

など様々なことがバランスよく必要であるという考え方です。

まさしく私もリハビリの現場で同じようなことを考えており、すごく共感したのでした。

 well-beingの詳しい定義について

社会的弱者は一体誰なのか?

既存の社会では、体が不健康であれば働くことができず、収入を得ることもままならない上に、屋内外の移動も困難となり、社会的に孤立してしまうことも多かったと思います。

幸福度が大きく下がってしまうのが当たり前でした。

 

しかし、現代では、足が動かない方でもおしゃれな電動車椅子に乗って外出している方もたくさんいますし、医療・介護保険、障害福祉給付、生活保護等の制度を利用して、完全ではないものの、以前よりは徐々に豊かに暮らしやすい環境が整ってきていると感じています。

 

一方で、20歳代から40歳代位の若い世代、つまり「労働者世代」の社会的な環境は年々苦しくなってきていると言わざるを得ない状況があります。

代表的なものとしては、社会保障費など諸々の税金は年々知らないうちに上がっていきます。(それも気付いていない人が多いのではないかな?と思います。厚生年金や基礎年金も税金の一部です。)

 

世間では、「元気な人は働けば良い」という考え方が依然としてあるように感じていますが、日本経済自体が低迷している昨今、過去のように働けば働くほど昇給があったり、生活が楽になるというわけではありません。

それに伴い、共働き世代も増えており(労働者世帯の約半数が共働き)、ママ世代は、保育所にも中々入れない中で

  • 仕事をし、
  • 子供を育て、
  • 親の介護をして、

複数のことを同時に要領良くこなさなければならないプレッシャーと戦いつつ、鬼のようにシビアなタイムマネジメントスキルが要求されるマルチタスキング時代になっています。

少子化対策で子供を増やすどころではなく、「生活の現状維持をするので精一杯!クタクタ!」という方がほとんどだと思います。

65歳以上の高齢者(以下「高齢者」といいます。)人口は3461万人(平成28年9月15日現在推計)で、総人口に占める割合は27.3%となっています。(一部引用)厚生労働省ホームページ

現在、高齢者の割合が約27%となっており、選挙の投票でも高齢者優遇の政策を政治家が掲げ、実行していくのは目に見えていますし、今後もっと加速していくことは既定路線です。(若者が投票しないからダメなのだとよくいわれますが、投票したところで母数が減っていくので今後は無理ゲーです。)

よって、制度的には、明らかに労働者世代のバックアップが少なく、今後もこれはさらに顕著になっていくものと思われます。

そうなってくると、あと10年もすれば、健康でバリバリ働ける労働者世帯が「一番の社会的弱者」という図式は簡単にイメージすることができます。

もちろん、よくテレビで煽っているように「若者VS高齢者」みたいな単純で馬鹿みたいな図式は私も嫌いですか、事実としてそういった側面は無視できないようになると思います。

「この国には何でもある。だが、希望だけがない」

もちろん、今までの日本の歴史を見ると、弱者が強者になり、強者が弱者になるという逆転劇が繰り返されてきたことがわかります。

なので、「今はそういう時期」というだけのことだと思います。50年単位で見て、しばらく経てばまた元に戻ると思います。

 

しかし、私個人でできることとして、若い人や労働者世代に何かできることはないか?と考えたところ、得意な情報発信で、よりよく生きるための考え方を発信し、少しでも気持ちが楽に暮らせる人が増えれば良いなと思いました。

 

既存の常識的かつありきたりな方法論(主に企業に勤めて出世を狙うことや正社員として働くこと)では、若者が頑張って収入を伸ばすことは難しくなると思います。なぜなら日本全体の市場が縮小している最中、それに逆行して収入を伸ばすことはかなりの努力を要するため、容易ではないからです。

一方で、20歳代でも億万長者になる人も増えていることも確かです。これは昔では考えにくいことです。

例えば、YOUTUBERやインフルエンサーなどが分かりやすい例です。

今までになかった分野はまだまだ可能性が残されており、そこにベット(賭ける)する人も今後どんどん増えてくるでしょう。正直、水物商売な側面もあり、一か八かではありますが、「何でもあるけど希望だけがない」日本で大きな希望を持つには、それしかないと言えるかも知れません。

アメリカンドリームならぬジャパニーズドリームです。

私たちは、別にインフルエンサーや億万長者になりたい訳ではなく、ただ「希望を持って生きていきたい」と願っているのではないでしょうか。

現在副業解禁の流れもあるので、副業で新ジャンルのビジネスに参入し、「可能性と希望」を追求する働き方がスタンダードになるのではないかと個人的には思っています。

まとめ

私は生まれてからずーっと考えることが好きです。

自分の感情や思考が動く様を、自分で感じることに生きがいを感じるタイプです。

そして、元々はすごく不器用で恥ずかしがり屋、おっとりし過ぎて人前で何も話せないような人間です。

仕事も普通の人のレベルでできないし、機転も効きません。

”ポンコツ人間”と言っても過言ではありません。

人とコミュニケーションを取るときも、相手のことを考え過ぎて結局何も話せない、そんなことが過去にはよくありました。親も心配していました。

 

でも、”怖い”と思いながらも意を決してこの「未来のPT」ブログを始め、始めは当然誰も見ていませんでしたが、コツコツと愚直に続けることで応援してくれる方がポツポツと現れ始めました。

2年ほど続けた結果、自分の主張に少し自信が付き、はっきりと意見を述べることができるようになりました。文章を毎日のように書くことで、論理的に素早く言葉を組み立てることもできるようになり、人前で話す事がどちらかというと好きになりました。

ブログの問い合わせからたくさんの方々とつながり、出版したり、雑誌に私の文章が掲載されたり、有名な方とお会いできたり、100人規模のイベントでお話させて頂いたり、ブログ開設前には想像もできないような素晴らしい経験をたくさんさせていただきました。

大きな額ではありませんが、サラリーマンではなく「1から自分でそこそこお金を稼ぐ」という経験もし、今後生きていく自信が少し持てるようになりました。

 

ポンコツ人間代表のような私に一体なにができるのか?いまだにいくら考えてもはっきりとは掴めません。

 

でも、また一つだけ足を進めてみようと思います。

そこには何もないかも知れないし、想像もできないような何かがあるかも知れません。

 

「未来」は誰にも絶対に分かりっこないのです。

しかし、最低でも「希望」だけはそこにあると信じています。

 

 well-being発信局へ続く

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