
新人療法士、実習生にとって、リスク管理は何よりもまず身に付けるべき知識・技術です。
患者さんの身体能力は活動量とほぼ比例の関係にあります。活動量が増せば増す程、急変や転倒などの「リスク」も増えていきます。
リハビリにとってリスクは常に付いて回ると言っても良いと思います。
そこで、臨床を5年やってみて、教科書には載っていない、臨床での実際のリスク管理のポイントをまとめてみました。
ある程度のリスク管理に対する知識は専門職として必要です。
しかし、学校の座学でいくらリスク管理に関する知識を学んでも、臨床でのリスク管理とは感覚として少し違う印象があります。
私が現場で学んだ、実際に使えるリスク管理の知識を書いていきたいと思います。
リスク管理の種類
個人レベルでの療法士が考慮すべき、臨床のリスク管理の種類は大きく分けて以下の3つに分類されます。
●療法士のリスク管理の種類
①転倒、転落のリスク管理
➁バイタル、運動負荷のリスク管理
③患者の個人情報に対するリスク管理
これらを頭で理解したら実際に現場で実績できるか、と言ったらそうでもないと思います。
やはり、現場で実践を積まないと、リスク管理に自信を持つことはなかなか難しいのではないかと思います。
転倒に関するリスク管理の実際
転倒が一番多いのは歩行時です。
歩行中に人が転倒する時、支持ができなくなった足の方向に倒れる可能性が高いです。
よって、脳卒中の方であれば麻痺側、骨折などの整形外科疾患では患側と言われる、自由に動かすことができない方の足の側に介助者が立ちます。
これが基本的な転倒に関する基礎知識とされています。
しかし、実際には必ず麻痺側・患側に倒れるという訳でもありません。
確率として、麻痺側・患側に倒れる可能性が高いとは思いますが、私は臨床で、麻痺側ではなく、非麻痺側に患者さんが倒れそうになる場面に何度も遭遇しました。
これは片麻痺の患者さんの典型的な歩容を考えると理解できます。
片麻痺がある患者さんの多くは、非麻痺側の足の力に頼った歩行をします。
麻痺側下肢に体重を乗せないように歩く方が大変多いです。
片麻痺の典型的な歩容である、分回し歩行は、麻痺側下肢を降り出す際に、非麻痺側の後方に大きく重心を移動させます。
その時に非麻痺側後方に体勢を崩される患者さんもたくさんいます。
よって、麻痺側・患側に立っているだけではリスク管理としては不十分です。
スポンサーリンク
歩行中どこを見ておくか
ここで一度、歩行中に一体どうなったら転倒するのか考えてみましょう。
●歩行中に転倒する原因
①足がひっかかる、つまずくなど、地面と接する面が体重を支持できない状態の時に、体重移動をそちら側の足に行ってしまうと転倒する。(支持基底面がない状態での重心移動)
➁支持基底面である両足が地面にしっかり接地している場合でも、骨盤が後方過ぎると後方へ、側方過ぎると側方へ転倒してしまう。
どちらの場合も、重心と支持基底面の位置が関係しています。
要するに、支持基底面内に重心があれば、転倒しにくいと言えそうです。これは教科書にも書かれています。
でも、実際に臨床で応用するには、それだけの知識では足りません。
実際に目の前で患者さんが転倒したことがある方なら分かると思うのですが、介助を行うタイミングとしては、転倒する前にセラピストは介助の手を出さなければなりません。
かなり腕力のある方でも完全にバランスを崩した人間を支えきれるものではありません。
なので、バランスを完全に崩す前に「転倒する!」といかに早く気付けるか、が重要です。
そのためには、歩行中、どこに支持基底面と重心があるか知っておく必要があります。
歩行中の支持基底面、重心はどこにあるか
歩行中、支持基底面は足底、重心は骨盤にあります。
ある程度臨床経験を積んだ療法士は、歩行中の転倒リスクの見極めとして、

この2点に注意しています。
骨盤の位置が大きく、正中位からズレるような歩行(例:トレンデレンブルグ・デシャンヌ歩行)をされる患者さんは、そのズレが一番大きい時に転倒しやすい傾向にあります。
足元が少し乱れたら、すぐに支えられるような体勢に常にしておき、患者さんの身体がすぐに触れる距離に立っておくことも大切です。
どこのタイミングで転倒しやすいか
代表的な症例別に転倒しやすいタイミングとその理由を挙げていきます。
・痙性が高く、麻痺がある患者
下腿三頭筋の筋緊張が亢進していると、足関節は底屈位になり、つまずき、ひっかかりが多くなります。
これらは麻痺側下肢 立脚後期~遊脚初期にかけて起こりやすいです。
わかりやすく言うと、麻痺側下肢のつまさきが地面から離れる瞬間につまずいたりひっかかったりする可能性が高いので、私はそこに注意して見ます。
・弛緩性麻・著しい筋力低下がある患者
また、麻痺側下肢の支持性が乏しい方(または、著しい筋力低下がある方)の場合、麻痺側下肢 接地直後の立脚初期~中期に膝折れすることもあります。膝折れは他のつまずきやひっかかりと違い、はっきり言って、起きてしまうと防ぐことはかなり難しいです。
一瞬で真下に全体重が落ちるので、いくらコツを掴んでいる臨床家でも止めることは困難です。
よって、膝折れの場合は、発生させないことがリスク管理になります。
私は、体重、感覚障害の有無にもよりますが、麻痺側下肢の膝伸展筋力がMMT3以下であれば、膝折れの可能性を疑います。
それが初めて診る患者さんであれば、膝伸展筋力をスクリーニングで評価し、MMT3以下であれば、いきなり歩行はせずに、まず立位の評価を行います。
●評価・・膝折れが疑われる患者の歩行中の膝折れの危険度の判定
まず、立位で両側下肢にしっかり荷重させます。
①両手支持での立位保持
➁両手支持なしでの立位保持(恐怖感がある場合は片手支持での立位保持→両手支持なし)
③骨盤を麻痺側側に誘導し、重心を患側下肢優位に移動させる。
④後方よりズボンの両端をがっちり把持して、麻痺側下肢での片足立位。
①から順に試していき、もし患側下肢の膝関節が少しでも曲がってくるようだったら、膝折れする可能性があります。
体重も考慮しておく必要があります。先ほどの述べたように、膝折れすると、真下に一瞬で全体重が落ちます。
30㎏の軽い女性なら何とか止めれるかもしれませんが、90㎏の男性だったら私は介助する自信がありません。
また、感覚障害がある方は、膝折れした時に、力を入れて持ちこたえようとする反応が遅れるので、膝折れによる転倒リスクは高まります。
感覚の評価も同時に行っておくとなお良いでしょう。
バイタル・運動負荷に関するリスク管理
これに関しては、日本リハビリテーション医学会診療ガイドラインより、ガイドライン(アンダーソンの基準、土肥変法に若干修正がしてあります。)がありますのでご紹介しておきます。
Ⅰ.積極的な運動を行わないほうがよい場合
1)安静時脈拍数40/分以下あるいは120/分以上
2)拡張期血圧120以上
3)収縮期血圧200以上
4)労作性狭心症を有するもの
5)新鮮心筋梗塞1ヶ月以内のもの
6)うっ血性心不全の所見の明らかなもの
7)心房細動以外の著しい不整脈
8)運動前すでに動悸、息切れのあるもの
9)体温38度以上
10)SPO2が90%以下
Ⅱ.途中で運動を中止する場合
1)運動中、中等度の呼吸困難、めまい、嘔気、狭心痛などが出現した場合
2)運動中、脈拍が140/分を越えた場合
3)運動中、1分間10個以上の期外収縮が出現するか、または頻脈性不整脈(心房細動、上室性または心室性頻脈など)あるいは徐脈が出現した場合
4)運動中、収縮期血圧40mmHg以上または拡張期血圧20mmHg以上上昇した場合
Ⅲ.次の場合は運動を一時中止し、回復を待って再開する
1)脈拍数が運動時の30%を超えた場合、ただし、2分間の安静で10%以下にもどらぬ場合は、以後の運動は中止するかまたは極めて軽労作のものにきりかえる
2)脈拍数が120/分を越えた場合
3)1分間に10回以下の期外収縮が出現した場合
4)軽い動悸、息切れを訴えた場合
血圧の管理に関して、降圧剤などを服用されていない方は収縮期の血圧が200を超えることも意外とよくあります。
訪問リハビリや入院されている方で、常にリハビリを受ける環境にいる方は服薬で血圧がコントロールされていることが多いと思うので、比較的安心です。
特に注意を要するのは、病院で入院してきたばかり、訪問リハビリを受け始めたばかりの方です。
こまめに血圧を計る必要があります。
また、運動する時にバルサルバ効果と言い、息こらえをしてしまうと、血圧が上がりやすくなります。
無酸素運動で息こらえをすることが多いので、筋トレをする場合であれば、患者さんに数を数えるように指導すると、自然と呼吸を促すことになり、血圧の上昇を抑えることができます。
また、既往歴に心疾患がある方も特に注意が必要です。
どこまで血圧が上がっても大丈夫か、脈拍はどうか、主治医に基準値を確認しながらリハビリを進めましょう。
万が一何かあった場合でも、このように指示を仰いでいた場合と、そうでない場合の責任には当然ですが雲泥の差があります。
細心の注意を持ってリハビリに臨みましょう。
まとめ
冒頭でも申し上げましたが、リハビリにリスクはつきものです。
特に転倒・転落に関するリスク管理は自分が新人の時に情報が少なく、経験して掴むしかないと言われていたので、今回できる範囲でまとめてみました。
新人、実習生の方は、参考にして、明日からの介助に役立て頂ければと思います。