
私たち療法士がリハビリで関わらせて頂く患者さんの中には、働き盛りの若い方も沢山います。
私も過去に40歳代で脳卒中を発症した患者さんを何人も診させて頂きました。脳卒中の後遺症と戦いながら、必死で再就職のためリハビリを続ける方もたくさんいらっしゃいます。
厚生労働省の調査(平成 15 年)では、わが国の身体障害者の常用雇用者数は 36 万 9,000人であり、片麻痺の方の再就労率は約30%。
軽症、重症も全て含めて約1/3の方が再就職されています。
働くことの意味
”働くこと”とは一体何なのでしょうか?
みんな必死で働きます。大人になったら、どこかの組織に属し、みんな何の疑問も持たずに就職します。
有史以前から、人は誰が決めたのか分からない暗黙のルールに従って、毎日朝から晩までその人なりに一生懸命働きます。
歴史では、狩猟して生活している時期には、職業らしい職業はなかったのです。生きるために動物を狩ることが生活の一部であり、それは対価を貰って人にやってもらうようなものではありませんでした。
しかし、人々が農耕を始めると、物資を貯蓄するということが一般化します。何か仕事をして、その対価として貨幣を貰う。そしてそれを貯蓄し、必要な時に必要なものと交換する。そうやって直接自分の生活に関係のない仕事をする人が出現し始めます。
働くことは、ある人にとっては生活をするため。ある人にとっては生き甲斐のため。
あなたは、一体何のために働きたいと思うのでしょうか?
片麻痺でも働ける
「私は麻痺が重いから・・」
片麻痺がある方は、仕事ができないし、雇ってもらえないと思いますか?
そんなことはありません。
私は知っています。
最重度の麻痺がありながら、リハビリを続け再就職した人を。
私はリハビリ職を約7年ほどしています。その中でも、特に今でも忘れられない患者さんです。
その方は働き盛りの40歳代半ばにして脳出血で倒れ、右片麻痺になって私の働く病院に入院されました。発症直後は右片麻痺の後遺症が強く出ており、座ることもできませんでした。意識も混濁している状態でした。
徐々に意識を取り戻し、私はリハビリで何を求めるのか?回復したらどうしたいのか?をお聞きしました。
彼は「仕事をしたい、職場に戻りたい」とすぐに答えました。
腕も足も全く自分の意志通り動かない、まともに座れない状態でベッドに横たわりながらそう答えました。
私はその言葉を聞いて、正直激しく動揺しました。「どう考えても難しい・・」と思ったからです。
本気なのかなと思って、ブラブラの手をしてベッドに横たわる彼の目をのぞき込むと、真剣そのものでした。
強い決意を秘めたその目が私をさらに動揺させます。
ご存知の通り、仕事とは人の要求に応えることです。
全ての仕事は需要と供給の関係で成り立っています。
店で服を売っている店員さんは、普通は「売るぞ!」と思っていると思います。
でもそれだと売れません。
本当に売りたければ、服を求めているお客さんを探して、お客さんが求めているものを差し出す必要があります。そうすれば売れます。
ここで勘違いしてはいけないことが、服屋を訪れるお客さんは、『服』を買いに来たのではないということです。
服を売っている店員も『服』を売ってはいけないのです。
お客さんが初めて洋服に袖を通すときの『ワクワクした気持ち』それを売るのです。
いわば、『変身する気持ち良さ』を売るのです。
変身したい願望
人はみな変身したいのです。
- 望みどおりに生きれない自分
- すぐに諦めてしまう自分
- 好かれたい人に振り向いてもらえない自分
それらを一瞬で変えてしまえる商品を強く、激しく求めています。服を買うお客さんはそういった願望を少なからず持っています。
また、仕事の成果には、こちら側の想いよりも相手(お客さん)の想いが優先するものです。
まず、それを理解しなければならない。そして、それに精いっぱい応えなければならない。
当然、要求される水準は時にとても高く、簡単ではありません。
最就職をして、果たしてどんなことでその患者さんはお客さんから求められるでしょうか?
私にはいくら考えても想像ができませんでした。
3歳の息子
彼には、3歳になる息子さんがいました。
まだ幼い息子さんは当然、お父さんがなぜそんな状態になってしまったのか理解できません。お母さんと一緒にお見舞いに来て、いつも家でしていたようにお父さんの寝ている病院のベッドの上で遊んでいました。
彼はテレビのヒーローもののアニメが大好きです。ヒーローの人形をいつも握りしめていました。
お父さんは2週間ほどすると、車いすを自分で漕ぎ院内を移動することができるようになりました。
その子はお父さんが大好きなので、いつも車いすのお父さんの上に乗って一緒に院内を散歩していました。
すごく仲良しの親子でした。
地獄のリハビリ
彼にとっては”地獄のリハビリ”がスタートしました。まず、私は彼と座る練習を一緒にしました。
ただ、背もたれなし、ベッドの上でまっすぐ座るだけです。
病前には何の造作もなく行えていたことです。でもそれがすごく難しい。
彼は精神的にも衝撃を受けていたようでした。
「こんなこともできないのか・・」
悔し涙が溢れてきます。
彼の体は麻痺のため、痛みを感じにくくなっています。
痛いのは”心”です。体ではありません。
「自尊心」と言っても良いと思います。
自分が今までの自分でなくなってしまった・・という喪失感です。
そして、その心の痛みは、決して人に理解してもらうことができない、という二重の苦しみを彼に与えます。
若くして発症した彼は、この体と共に、この先何十年も一緒に生きていかなければなりません。
3歳の息子さんと奥さんと一緒に。
ここでこの強烈な心の痛みに負けてしまっては、本人も家族も病気に負けてしまことになるのです。
「後遺症なんかに負けちゃいけない」
私はそう思いながら、心を鬼にしてリハビリを続けます。
座る練習を行いながら徐々に立つ練習も行っていきました。
右足はぶらぶら。
とても立てる状態ではありません。もちろん、70㎏以上ある体重を支えることもできません。
私は治療用の装具を使って、立ったときに膝が折れてしまわないようにロックして立つ練習を行いました。
ぶらぶらの足に無理やり装具を使って体重を乗せていきます。
彼は歯を食いしばってだらだらと汗をかき、何とか自分の力で立とうと必死です。
私は後ろで彼を一生懸命支えます。絶対に倒れてしまわないように・・。
一心同体・・。
私も同じように汗をだらだらかいて全力で支えます。
もし倒れてしまったら、彼は体に怪我をするばかりか、心の傷がより深くなってしまうかもしれない。体の傷は時間とともに癒えますが、心の傷はなかなか癒えません。
「こんなこともできないのか・・」
またそう感じてしまうかもしれません。
私は絶対にそれだけは避けたいと思いました。
少しでも、「自分はできる」という気持ちを持って欲しかったのです。
そのあと、歩く練習も行いました。
歩行練習も装具を使って、後ろに私がぴったりと付き、足を前に振り出すお手伝いをします。
彼が自分で歩いているかのような感覚を持ってもらうために、私は出過ぎず、介助し過ぎず、黒子(くろこ)に徹します。
でるだけ、彼の体の動きを邪魔しないように、彼が行きたい方向を敏感に察知して、その方向に足を振り出すのをお手伝いします。
さりげなく、でも確実に。できるだけ変な違和感を与えないように。
そして、何とか歩ける・・という感覚を少しでも持ってもらうために。
”体の問題”だけではない
私は片麻痺がある方に伝えたいことがあります。
あなたは、後遺症があるから”できないことがたくさんある”と思っていると思います。
実際その通りでしょう。
でも、そうでもないかもしれないのです。この意識を持って頂きたいと強く思うのです。
世間を広く眺めてみると、パラリンピックでは、たとえ片足が無かろうと普通の人よりも早く走る人もいます。著名人の乙武さん(最近残念なニュースがありましたが・・)だって両手両足がありません。でも何冊も本を出版され、精力的に活動されています。
もちろん、彼らは特殊な人間でしょう。精神力も努力量も一般人の比ではありません。でも、体の機能的な問題で絶対にできないことなら、彼らがいくら努力してもできないはずです。
でも、彼らは健常者にも難しいことをこなしているし、自分なりの幸せに向かって一生懸命努力し、夢を叶えています。
本当はできる。
きっと、あなたはもっと多くのことが”できる”のです。
”できない”と思っているから”できない”という側面はないでしょうか?
私はリハビリを通してそれを彼に伝えたいと思っていました。
こんなことを言うと、私は体の専門家である理学療法士として失格かもしれません。
でも、いくら体が回復しても心が回復しなければ、決して人は幸せになれないのです。
体の回復を促すこともリハビリとして大切ですが、私が一番に体の回復を通して彼に伝えたかったことは「できる」という感覚です。
これが心の中でしっかりと育まれれば、当然苦労はありますが、自分で創意工夫し、厳しい後遺症と折り合いを付けながらでもその後も自分で自分の人生を歩んで行けると思ったのです。
リハビリを通して「自分は後遺症なんかに負けない人間である」ということに気付いてほしい。
なによりそう思っていました。
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人の気持ちが分かる訳ない
もちろん、私は一度も片麻痺になったことがないので「お前に片麻痺の辛い気持ちは分からない」と言われればそれまでです。
実際にリハビリの現場で私はこの言葉を色んな患者さんに何度も言われました。
もちろんその通りです。きっと私には深いレベルで気持ちを理解することはできないでしょう。
しかし、あなたは親しい人、家族や恋人、親友の悩みが分かりますか?はっきり言って、分かる訳ないのです。
ず~っと何十年も一緒に暮らしてきた自分の子供の気持ちだって分からない親が沢山いる世の中で、どうやって本当に他人の気持ちを理解することができるのでしょうか?
残念ですが、”他人の気持ちを分かることができる”と思っているなら、それは幻想です。
誰だって、決して人は他の人の気持ちを深くは理解できません。たとえ親子であろうと、片麻痺の方同士であろうと。
しかし、人間は人の気持ちを思いやり、想像することはできます。
人間の最も偉大な能力は想像力です。動物は想像することができない。でも人にはそれができます。
つまり、歩み寄ろうとすることはできるのです。
それで充分ではないでしょうか?逆に、それしかできることはないのではないでしょうか。
人間の体は弱い
「できる!」自分で心からそう思えた人間は、障害なんかに負けないくらいとても強いのです。
障害の程度なんて関係ありません。
何百人とリハビリをしてきた中で、これだけは確実に言えることです。
人間は本当に強いのです。
驚くくらい、びっくりするくらい強いのです。
その強力な力は、不遇の時、逆境でこそ花が開くことを私はたくさんの患者さんから身を持って教えて頂きました。
そして、人間の本当の強さは、身体ではなく”心の中”にこそあります。
人間の身体は脆く、微力です。
身体の機能だけで地球上の他の生物と力で勝負すれば一瞬で負けて、食い殺されてしまいます。
でも人間には『心』があります。
人間がこんなに弱い、脆弱な体で700万年間も壮絶な生存競争を生き抜き、地球上を支配するようになったのは、他の生物にはない、『心』があるからです。
心はみんな同じ
体の状態や麻痺の状態は千差万別です。
同じ人なんて一人もいません。だから、体のことをここで一概に言うことはできませんが、心はみんなだいたい同じです。
脳卒中になって想うことはみんな限りなく似ているのです。
みんな、後遺症に激しく傷つき、動揺し、絶望し、不安になります。
でも、『できる』という自信を取り戻せた人は確実にその後良くなるのです。体も心も、そして人生も。
私たちリハビリ職は微力です。1日中患者さんに付き添ってリハビリをすることはできません。1日のわずかな数時間しか一緒にいることができません。
脳卒中の後遺症はご存知の通り、現代の医学では完治できません。ましてや、外から筋肉を触ったりして治るようなものではありません。
私たちにできることはたかが知れています。でも、だからこそ全力でできることに集中したいのです。
私は彼とずっと半年間リハビリを続けました。
彼は絶対に職場に復帰することを諦めませんでした。そして、私も根拠も何もない状態でしたが、彼の職場復帰を絶対に疑いませんでした。
2人は自然とリハビリのゴールとして同じところを見るようになりました。
「職場復帰」です。
そして、初めは二人しか信じていなかったのに、徐々に周りの看護師さん、家族や親せきまでも信じ始めたのです。
彼のとてつもなく強靭な心の力がそうさせたのです。
でも「職場復帰できない」
結局半年間上のような地獄のリハビリを続け、退院時期が迫っても、復職の目途はたっていませんでした。
彼は何とか10分程度一人で杖を使って歩ける程度にまで回復しました。しかし、結局職場復帰は叶いませんでした。
彼は退院後もリハビリ病院に通ったり、訪問リハビリを依頼したり、職場に交渉したり、ありとあらゆる復職のための努力を続けました。
そして、電動車いすを使いながら、今では無事復職されています。
実に発症してから、2年半掛かりました。
彼の息子さんは胸を張ってお父さんのことを人に話すでしょう。
「ぼくのおとうさんはくるまいすで一生懸命働いているんだ」
働く片麻痺のヒーロ―
彼は最愛の息子さんの、片麻痺の”ヒーロー”になったのです。
息子さんにとって、後遺症があっても負けずに何年も努力し、大きな目標を達成したお父さんは頼りになるとってもカッコ良いヒーローです。テレビの中のヒーローではありません。現実に存在するヒーローです。
私にも子供がいるのですが、「子供は親の背中を見て育つ」というのは本当ですよね。
親の一挙手一動作、それを子供はそのまま無意識にコピーして育ちます。良いこと悪いこと関係なしです。
子供に何かを教えるためには、実は言葉など大した意味を持たないのです。
「自分(親)が、正しいと思うことを信じて諦めずに行動する。」
それが一番子供にとっては勉強になります。
彼は片麻痺の後遺症を克服する地獄のリハビリを通して、逆境に負けない強い人間とはどういうものか、身をもって息子さんに教えたのです。
きっと、息子さんもお父さんと同じように一緒に、強く強く成長していくでしょう。
彼は病気の後遺症という強大な悪にあの手この手で戦い、医師にも無理だと言われたことを2年も諦めずに、血の滲むような努力を退院してからも試行錯誤し、重ねました。
彼はもちろん私にとっても”ヒーロー”であり、その後担当する患者さんにも彼の話をよくします。
そして、それはその後に続く脳卒中患者さんの希望の光になっています。
彼は時々電動車いすに乗って私の職場に顔を出してくれました。職場を後にして去っていく彼の背中は、それはそれは自信に溢れていて、私はいつも彼が見えなくなるまでその姿を眺めていました。
彼は、後遺症という逆境を克服し、職場復帰を果たすことで、健常者が逆立ちしたってできない「底知れない人間の強力な力」をはっきりと周りに示しました。
まとめ
実際に、みなさんが思っている通り、片麻痺の方にはできないことも多くあります。
でも、逆に、絶対に健常者にはできないことができます。それは、”後遺症に立ち向かう力強い姿を周りの人に見せること”です。
それを彼は、””働く片麻痺のヒーロー”は私に身をもって教えてくれました。
当時、私も片麻痺の方の雇用状況について色々調べましたが、なかなか現実は厳しいようです。ハローワークでもなかなか希望の求人を紹介して貰えるところは少ないようです。
しかし、今では、障がい者の方のための就職支援サイトなどもあります。
今回の記事を読んで、挑戦してみようと思われた方は是非登録して活用して下さい。
リンクをクリックして確認して頂ければ分かりますが、もちろん登録も利用も無料です。障がい者専門の就職担当者が電話やメールで就職支援を行ってくれます。
是非一歩を踏み出してください。チャンスは本当は何時だって転がっていますが、今を逃すと決心が鈍ります。自分を変える絶好のチャンスは今しかないのです。
今、労働市場にける転職・就職市場はネットを中心に急成長しつつあります。これは意外と知られていません。少子高齢化の影響で、労働力はより貴重になってきています。
この患者さんを担当させて頂いた当時はこのようなサービスがなく、自分で職場を探す必要があるため、リハビリに通いながらハローワークに通ったり、それはそれは大変だったようです。
私は自身もリハビリ職の転職サイトを利用し、無料で楽してたくさんの求人を紹介して頂き、希望の職場に就職することができました。
こういったサイトをみなさんにも是非知って頂き、有効に活用して頂きたいという想いでこの記事を書きました。みなさんに、行動するための少しの勇気を持って頂きたかったのです。
就職に関して、転職サイトに登録、専門家に相談するのが一番だと自身の経験から強く思います。
失敗したって構わないと思いませんか?
私はそう思います。だって、始めの一歩を踏み出さなければ、どう転んでも絶対に成功することはありませんから。これは他のことでも一緒ですよね。
いくら頭の中で悩んで考えても、現実は1㎜も変わりません。まずは行動してみることでしか、現状を変えていくことはできません。
これは健常者である私も全く同じです。
ですから、私はどんどん恐れずに行動していきます。それをこの片麻痺の患者さんから教えて頂きました。
ぜひ一緒に頑張っていきましょう。