
臨床でリハビリをしていて、患者さんの家族さんから「歩いていて転倒した。私が近くにいたけど一瞬の出来事で何もできなかった」という話を聞いたことがあります。
加齢や何らかの疾患により、歩行時にふらつく人を介助する時、家族はどう歩行介助を行えば良いのでしょうか。
転倒すると骨折し、寝たきりになる可能性もある
転倒することによる骨折は、特に骨密度が低下して骨が脆くなった高齢者に頻発します。
骨折してしまうと、骨が修復されるまでの間入院して、臥床傾向の生活を強いられることも少なくありません。
転倒して骨折する部位で特に多いのは、大腿骨頸部骨折です。
大腿骨頸部は主要な栄養血管が付近を走行していないため、骨折すると治りにくく、臥床期間が長くなる傾向があります。よって、寝たきりになってしまう可能性も高くなります。
また、骨密度の低下した高齢者の場合、大げさに転倒しなくても、ふらついて地面に軽く尻もちを着くだけでも、脊椎圧迫骨折を受傷する可能性もあります。
脊椎椎体圧迫骨折のリハビリ(体幹の筋トレ・コルセットなどについて)
理学療法士の仕事は常に転倒リスクと隣り合わせ
リハビリ対象の患者さんは筋力が弱っていたり、怪我をしていたり、普通は歩きにくい状態であることがほとんどです。なので、リハビリで歩く練習をしていて、転倒する危険性も高いです。
私たち理学療法士は、運動器(筋肉・関節)、動作(日常生活動作・歩行)と共に、歩行中に転倒しないためのリスク管理も臨床で学んでいます。
病院や施設であれば転倒して患者さんが怪我をしてしまったら責任問題にもなりますし、そうでなくても、リハビリをして怪我をするなんてことは本末転倒であり、あってはならないことです。
専門家はリハビリの歩行練習で転倒予防のためにどこを見ているか
まず、知っておくべきことは、いくら体力に自信のある男性の介助者でも「転倒してからでは絶対に支えられない」ということです。転倒してからではもう遅いのです。
例え体重の軽い小柄な女性の患者さんでも、完全に転倒してしまったら絶対に支えることはできません。
では、どうやって転倒しそうな患者さんを介助すれば良いのでしょうか?
転倒予防のための歩行介助はタイミングが命
転倒する直前に身体を支えることが最も重要になります。つまり、転倒する前に、転倒の危険を素早く察知することが最も大切なことです。
そのためにまず知っておくと良いことは、人間はどうやって立って歩いているのか、という基礎知識です。
人間の一番重たい部分(重心)は?
人が立っているとき、身体の一番重たい部分は骨盤(正確には第2仙椎)にあります。これは”重心”と呼ばれます。
野球のバッティングフォームでも「腰が大切」、「腰を入れてバットを振る」などと言われますよね。これはすなわち重心のことを意味します。
歩行動作とは、言い換えると、重心を前に運ぶ動作のことです。重心=骨盤を前に運ぶために両足が動き、歩行動作が行われています。
人間が立ったり、歩いたりする時に、骨盤は両足の上に乗って宙に浮いている状態です。よって、転倒することとは、「骨盤が地面に落下すること」と定義することもできます。
骨盤を落下させないためには支持基底面が重要
人間が立っているとき、両足の裏は地面に接地しています。この接地している周りに支持基底面という目には見えない領域が存在しています。

これは、重心、つまり骨盤がある程度ふらついても抑えきれる範囲のことを差します。図で言うと、ピンク部を黄色の丸が飛び出してしまわないように姿勢を制御しています。
この支持基底面を超えて重心が移動してしまうと、立っていて急に後ろから押された時を想像する分かりやすいのですが、パッと足が前に反射的に出ます。これと同じような現象がつまずくと出現します。
専門的にいうと、転倒する状態とは「支持基底面を超えて重心が移動してしまうこと」ともいえます。
歩行介助で転倒予防のために考慮すべきポイント
専門家がリハビリで歩行訓練を行っているときに必ず見ている、歩行介助のポイントをご紹介します。
1.まず、介助する人の身体状態を把握しておく
まず、介助が必要な人の身体の状態を知っておくことが基本となります。
脳卒中後遺症で片麻痺がある人ならば、麻痺側側に転倒する可能性が高いので、介助者は常にそちら側に位置するように立ちます。大腿骨頸部骨折を過去に受傷している方の場合も同様に患側に立ちます。
麻痺側に壁や障害物があって、そちら側に介助者が立てない場合は、後方に付くようにしましょう。反対側に付くよりも被介助者の挙動や全体像が把握できるため、危険を察知しやすくなります。
転倒と一言で言っても
- つまずいて前に倒れる
- 滑って後ろに転ぶ
- 急に膝が折れて尻もちを着く
などなど、様々なケースが考えられます。
まずは、介助される側の人の身体の状態を知り、ある程度転倒リスクを推測しておくことが重要です。
普段から疲れた時に膝がかくっと折れやすくなる傾向がある方(脳卒中片麻痺・脊髄損傷、脊柱管狭窄症など中枢系の既往がある方に比較的多いです。)は、歩行中に急に尻もちを着く可能性も念頭に入れておかなければなりません。
そもそも、そういった方には、そこまで疲労してしまうまで歩行しないことが一番の転倒予防策になるかもしれません。
2.常に足元(地面との接地面)を見ておく
上述のように、支持基底面は足と地面が接地することで形成されます。よって、うまく地面に足が接地しないときは転倒するリスクが高い時です。
常に足元を見て、歩行中に少しでも不安定な足底の接地になった時はすぐに身体を支えましょう。
3.歩行中の周りの環境も把握しておく
例えば、絨毯がひいてあるところを歩行する時は、足がひっかかるかも知れませんし、屋外で濡れたマンホールの上を歩くと滑って転ぶかもしれません。
介助者は被介助者が歩行しているちょっと前に視線を配らせ、予め周りの環境を把握しておくと転倒に備えることができます。
転倒リスクが高い歩行状態の方は、自分の足元ばかり見ていて周りの状況に気付かないことも多い傾向にあるので、介助者が周りの状況を知っておくと良いと思います。
周囲の人やモノなど、動く物の状況も把握しておきましょう。
突然、歩行経路に侵入してくる可能性もあります。屋外であれば、自転車・自動車の動きも考慮して安全に歩行できる経路へ誘導することが必要な場合も多いです。
階段などを転倒リスクの高い場所を仕方なく移動する場合は、「転倒する可能性が高い」と心構えをしていた方が無難です。
介助者は側方(手すり・壁と反対側)に立ち、脇の下(腋窩)に片手を入れておき、体がぐらっときたらすぐに支えられるようにして、転倒に常に備えておきましょう。
4.見守るだけで大丈夫?それとも支えておいた方が良いの?
普段は一人でも歩けるけど、歩行状態が不安定で、過去に転倒した経験がある方と一緒に歩くときに、ちょっと見守っているだけで大丈夫なのか、支えながら歩いたほうが良いのか悩む時があると思います。
過介助といって、介助する量が多すぎると患者さんの歩行練習の効果が落ちますし、逆に介助量が少な過ぎても転倒する危険があります。非常に難しいところです。
こういった場合、私たち専門家は、被介助者の後方から両腋の下に手を入れ、歩行中の被介助者の体の揺れを手で感じながら、試しに数分歩いてもらいます。
このとき、介助するのでもなく、支えるのでもなく、ただ体に手を添わせて触れているだけです。手を押し付けると、歩行中の体幹の動きを阻害するので、歩きにくくなってしまい、良くありません。
これは、専門的には「接触介助」という介助方法です。
これは、手をセンサーとして使っています。
身体が少しでもぐらっと来たら、すぐにガッと体幹を掴んで固定させることで転倒を防げます。その状態でしばらく歩き、転倒することが少なそうで、安定して歩行できていれば、徐々に手を離していきます。
もし転倒する可能性があり、見守りだけでは不安な方には試してみると良いかもしれません。
脳卒中の中でも脳幹梗塞など、小脳性の運動失調の症状がある方は、健常者から見ると何もないように見えるくらいの小さい地面の起伏や傾斜で急に大きく姿勢を崩すこともあります。
そういった方と歩行練習をする時は、私たちは接触介助で手のセンサーを利用して転倒の危険をいち早く察知し、転倒を防いでいます。
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5.膝折れは特に注意が必要!
私たちが最も転倒に注意する方は、膝折れの転倒リスクがある方です。
上述のように、
- 脳卒中片麻痺
- 脊髄損傷
- 脊柱管狭窄症
などの中枢系の疾患の方に多いです。また、寝たきりによる廃用症候群で過度に膝の筋力が低下した方にも見られます。
膝折れが怖いのは、一瞬でしりもちを付いてしまうことです。
介助者がすぐ横に控えていても、ふと横を向いた瞬間に膝折れし、しりもちを着いていたりします。膝折れによる転倒はそれくらい一瞬の出来事です。しかも、膝折れすると垂直に真下にストンと骨盤が落ちることが多いので、それを介助で止めるのは困難です。
膝折れによる転倒を防ぐためには、後述の膝折れのリスクがある方を見極める方法でリスクを確認し、後方より腋窩を両手で支持して介助するか、同じく後方より被介助者のズボンを両手で把持して、垂直に落下する骨盤と体幹をいつでも支えられるようにしておかなければなりません。
歩行中に膝折れする方の見極め方
まず、立っている状態で両足に体重をしっかりと乗せてみて、グラグラせずに膝の筋肉で体重が支えられているか確認します。
次に手すりなどの支持物を軽く持って、介助者は後方よりズボンを両手でしっかりと把持します。(万一膝折れした場合に備えるため。)
この状態で、片足を上げることができるかどうか左右交互に確認します。この時に膝が折れるようであれば歩行中に膝折れして転倒するリスクがあると言えます。
歩行中は、足を振り出すときに一瞬片足立ちをします。よって、片足立ちの連続した動作こそが歩行です。なので、このような方法で簡易的に膝折れの転倒リスクを判断することができます。
6.手引き歩行介助について
町中でよく見かける歩行介助方法で、被介助者と手をつないで介助する方法もあります。手引き介助と呼ばれます。
介助者の位置が、
- 横(片手)
- 前(両手)
からそれぞれ手を引きます。
前に介助者が立ち、両手を引く場合は、介助者自身の後方が見えないため、ぞのまま歩行練習をすると障害物や人と衝突する危険があります。介助者は頻繁に後方を振り返りながら歩行する必要があり、難易度が高い歩行介助方法です。
また、手引き歩行では、重心がある骨盤には遠い位置(上肢)で支持・介助するため、いざバランスを崩したときに手を握ったまま横や後ろに倒れたり、しりもちを着いてしまうこともあります。介助者の身体が遠いため、とても助けることはできません。
よって、転倒予防には比較的不向きな歩行介助の方法です。本当に転倒リスクが高い方を介助する場合は、他の方法で介助しましょう。
逆に、手引き歩行介助が適している方は、
- パーキンソン病のバランス障害などで初めの一歩が出ない、もしくは本人も意図せず突進してしまう方(前方両手 手引き介助)※歩行器を使うのも有効です。
- 認知症により歩行経路の誘導が言葉では困難な方(前方、横、片手、もしくは両手 手引き介助)
などです。
私は、手引き歩行は転倒リスクがほとんどなく、認知症の方に歩行経路を誘導する時くらしいか行いません。手をしっかりとつないで歩行するというのは、被介助者にとって非常に安心感があるようです。
普段歩行練習に乗り気でない認知症の方でも、前方からお話をしながら両手をつないで歩行すると、安心して歩行練習をして頂ける場合もあります。
その人の状態に合った歩行介助方法を選択することは非常に重要です。
まとめ
私たちリハビリ職・療法士は、患者さんの健康を維持・増進するために一時的に関わることもできますが、生涯ずっと、と言うわけにはいきません。
リハビリでは、やはり最終的には「普段の生活の活動性をいかに上げられるか」ということが非常に重要です。
普段おうちにいることが多い方でも、家族が適切な歩行介助方法を知り、屋外に安心・安全に連れ出すことができれば、結果的に被介助者の健康が保たれ、家族の介助負担も軽くなるのではないかと思います。
もし、歩行介助の方法で何か疑問などあれば、ちょっとしたことでも全然構いませんので、お気軽にお問合せいただければと思います。
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