医療従事者が絶対に持ちえない”専門知識を持つ素人専門家「レイエキスパート」とは?

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最近、私はFacebookで脳卒中片麻痺の方々の自主トレーニンググループに参加させて頂き、すごく感銘を受けています。

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そのグループでは、「こんな自主トレをしています!」とか、「こんなリハビリをしたら効果があったよ!」という報告や、TMS(経頭蓋磁気刺激療法)など最新の治療法についての情報共有、川平法、ボトックス注射を実際に体験した方々の生々しい体験談が飛び交います。

こんなコメントの数々を眺めていると、私は驚きを隠せません。PT1年目の頃の私なら絶対についていけないくらいのレベルの専門的な情報が発信されているのです。

時代はゆっくりと、でも確実に変化していることを実感します。

レイエキスパート(素人専門家)とは?

この件で私が思ったことは、ネットの普及で「日本でもレイエキスパート(素人専門家)が出現し始めている」ということです。

レイエキスパートとは、英国発祥のことばで、慢性的な症状を持つ人がその症状にうまく対処しながら、社会生活を送っていくためのスキルを、患者歴の浅い患者に患者歴の長い先輩が教えるというものです。

同国ではレイエキスパートたちの手によってExpert Patient Programme (EPP) というプログラムが運営されています。

今までの自助グループ、患者会と呼ばれるものとは異なり、積極的に患者自身が医療の中心になるといった視点を持つ画期的な取り組みです。

このプログラムには、「患者しか持ちえない専門知識」がある、という考えがあります。「素人の専門性」という概念です。

  • 痛みを軽減するための術
  • 疾病に対する気持ちの持ち方
  • 専門職との接し方
  • 価値観の再構築の仕方
  • 疾病リスクへの心構え

など、慢性的な症状に対処するための試行錯誤の中から生み出された素人による専門知識です。

 

10年~15年くらい前、Googleがインターネット事業に参入・同社の検索エンジンが普及するまでのネットの情報は眉唾物が多かった印象がありますが、現在はかなり駆逐されつつあるのではないでしょうか。

「tMS」について調べたければ、検索窓に単語を入力するだけで、それに付随する文献まで表示されるようになっていますし、検索順位の上から出てきた記事を数個も読めば、ある程度の知識を得ることはできるようになっています。

デジタル社会の到来によって、情報が共有しやすくなっているため、素人でありながらひと昔前の専門家並の知識を持つ人が容易に生まれる環境が整っています。

そして、その方々が旧来の資格制度・科学的に裏付けられた専門知識を吸収し、自身の「患者としての専門知識」を融合させ、SNSで情報を発信・共有し始めているのです。

医療従事者には絶対に分からない医学的情報もたくさんある

私たち療法士はリハビリの現場で、よく患者さんから言われることに「あなたにはこの辛さはわからない」という痛烈な言葉があります。

この言葉を聞くたびに私は心を痛めますが、全くもってその通りで、片麻痺の方の腕の動かしにくさとか、しびれの辛さは私たちは机上で勉強して知っていても完全に理解できることではありません。なぜなら、実際に体験していないからです。

脳卒中によるしびれとはどんな状態か?ということを知識として知っていても、経験知はありません。

他覚的に患者さんを通して100例は経験しているとしても、自覚的に経験したことは”ゼロ”なのです。

 

旧来の医療では、「医療従事者にしかわからないこと」が多くあると信じられていました。しかし、実際は、「医療従事者には絶対に分からないこと」も数多く存在するのです。

 

そして、旧来の専門職が絶対に教えることができないその医療的知識を、患者が患者に教えるという素晴らしい取り組みを行っているのがレイエキスパート達です。

レイエキスパートの将来の可能性

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知識を持った素人専門家、レイエキスパートの出現は、私たちのリハビリの最終目標である、疾患を持った患者の「自立した生活」を送るために非常に有意義な可能性を示唆します。

患者の「本当の自立」とは何か

今までだったら、薬を医者から貰い、何も考えずにただ飲んでいた患者が、レイエキスパートの指導を受けることによって、「この薬私に本当に必要があるのかな?どんな副作用があるのかな・・調べてみようかな」と思うこともあるでしょう。

また、リハビリの運動指導を受けても「これは何の意味がある運動なんでしょう?知り合いの人にも教えたいので」と患者から積極的に聞かれることもあるかもしれません。

つまり、患者が受け身でなく、主体性を持って医療を受ける姿勢が身につくということが示唆されています。

 

「主体性をもって医療を享受する」これは本来当然のことでありながら、今までの医療体制における治療者と患者=与える者と与えられる者、または、教える者と教えられる者、という関係性を構築してきた医療分野には不足しているもの、と言わざるを得ません。

最近になって”インフォームドコンセント”などと言われるようになりましたが、本来はそんなことが問題になること自体が少しおかしく、異常で、患者が医療内容の説明を受けて選択することは至極当然のことだと解釈しています。

医療も、金銭的対価を支払って受けられる経済市場のサービスのひとつに過ぎないのですから、”押しつける”のではなく、”選べるべき”なのです。

 

また、私たちリハビリに携わる者は、患者さん達が能動的に自主トレを継続に行ってこそ、本当の自立に結び付くリハビリが成立すると何となく気付いていますが、実際に自主トレをリハビリ専門家が促し、自立させることの難しさも同時に感じています。

自主トレを効果的に促すために、「自分で実際に自主トレを試した上で、実感を持って患者に説明、促すべきだ」と言われていますが、事実は、健常者と患者の身体の構造自体が同じではないため、患者からすると、どこか”薄ら寒い”感覚を抱くことになりかねません。

”なにか違う”というリアリティの欠如を感じるのではないでしょうか。

 

しかし、レイエキスパート達が、専門用語をこれでもかとばかりに使って必死に権威付けを行うまでもなく、「自主トレをしてこんなに良くなった!」と後輩の患者に純粋な回復の喜びを伝えることで、どれだけ経験の未熟な新人の患者達が励まされることでしょう。

そして、自主トレを積極的に行う人が増えることはほぼ間違いないと思います。私たちが促すのとは段違いにリアリティが違います。

 

医療は本来、治療者と患者などと線引きするようなものではなく、同一線上、同じフィールドに立ち、「疾患の克服」という志を持つ同志として協力し合うことで、その効果が最大化されるのではないでしょうか。

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レイエキスパートの課題

そんな、現行の医療体制を根底から見直す良いきっかけになるであろう、レイエキスパートの出現にも、もちろん課題とされることがあります。

まず、素人専門家の専門性は個人の体験に基づく知識が基礎になるため、”個別性が大きく、統一化できない”ということが挙げられます。

 

そもそも、医療の中心である医師は病名を診断することはできますが、その病気が患者の生活にどの程度影響するのか、といったことを推測するのは至難の業です。

パーキンソン病を例にとってみても、固縮の症状が強く出る方、歩行障害や飲み込みができなくなる方など様々です。さらに、個人の生活も大まかなところでは酷似していますが、厳密にいうと、まったく同じ生活をしている人などいるはずがありません。

医学的にはADL(日常生活動作)は存在しても、生活の一部を形式的に捉えているだけに過ぎず、とても人類の生活全てを捉えているとは言えません。

 

診断名は同じでも、厳密にいうと症状は人によって微妙に異なります。

よって、個人で成功した自主トレ方法でも、違う人にとっては全く効果を成さないことも十分考えられます。

だからこそ、私たち療法士の専門性を伴った”個別性の評価が大切”だと言われるのだと思います。

 

疾患に対しては画一的な治療法がある程度は確立されていますが、基本的に症状に対してはその都度様子をみながら対処していくしかないのが現状です。

この課題、つまり、「症状に個別性が大きすぎるため、解決法の統一化がしにくい」という問題は、今までコツコツと築き上げてきた医療制度のエビデンス構築に向けた取り組みや歴史に反するものでもあります。

「対極を成すもの」といっても過言ではないかもしれません。

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レイエキスパートと手を取り合う医療を

ではどうすればよいのか。

結論から言うと、今まで通り、エビデンス構築に向けた医療をベースに行いながらも、足りない部分をレイエキスパートに協力してもらう、という体制を構築する必要があるのではないかと思います。

 

エビデンスのある医療も大切ですが、エビデンスや統計学に基づく情報だけでは充分でないことは、私を含めた医療従事者の方々は普段の臨床経験から薄々気付いているのではないかと思います。

 

ほかの人には決して適応しない訓練方法であったとしても、それで思うような成果が出ているのなら、それはその人にとって正解の答え(訓練法)であり、ほかの人がとやかく言うことはないと私は思います。

 

「エビデンスのないものを認めない」という一見最もらしい、正しいような価値観・姿勢は、手段を目的化してしまっている良い例ではないかと思います。

エビデンスに基づく医療の提供は、あくまで手段でしかありません。それを目的にしてしまうと少しズレてしまうのではないか、そう思います。

 

例えば、私たちは患者の障害受容の過程を学校で習い、知っています。

しかし、患者からすれば、「だからなんだというのか?」と思われてもなんら不思議はありません。

 

障害を受容する過程を知っていることと、患者の生々しい障害による精神の葛藤はあまりにも似ても似つかない、関係がないと思えるような、まるで現実味のない机上の話になりかねません。

 

それを知っている療法士が、「患者さんは今この時期で、だからこのような対応が必要で」などと考えていること自体少し見当違いであるように思います。

そのようなことは患者さんも求めていないし、理解したつもりではいても、絶対に理解することなどできないからです。

 

しかし、レイエキスパートはこれをほぼ完全に近い形で理解できます。

そのような障害受容の知識がなくとも、同種の辛い苦しみを骨に染み入るほどに肌で感じ、乗り越えてきた”経験知”があります。

全く同じとは言いませんが、似たような気持ちを理解することもできるし、その克服の方法を「自分の時はこうしたら少しましになった」などと話し合うことができます。

そして、それは教えられる患者にとって、全く机上の空論などではなく、現実味を帯びたリアルな生きた”知恵”です。

価値がないはずはないのです。

まとめ

医療従事者として毎日臨床で患者さんたちと関わっていると、明らかに私たちの手に余ると思われることが噴出します。

例で挙げた、促すことができない自主トレの問題にしろ、障害受容にしろ、です。

 

しかし、それに携わる私たち療法士などの専門家は、専門家であるというプライド・誇りを持って、それの解決を試みようと必死で勉強しようとします。

それはそれでもちろん必要なことで大切なことです。

 

しかし、それだけで噴出する全ての問題を充足できる、と考えるのは少し無理があるし、専門家のおごりでもあると私は思います。

 

事実は、患者が直面している現実問題は、机上のどんな知識よりも、もっともっと繊細で、残酷で、生々しいものであるかもしれません。そして、患者はそれを肌で日々リアルに感じているのです。私たちが一度も経験したことがない感覚を、です。

少し皮肉な表現になりますが、患者にとっては、私たちが自慢気に説く、運動麻痺の機序や麻痺に対する医学的見解などよりも、本当は「専門用語を使って自慢げに自身の知識を語るズレた専門家への対処方法」が必要かもしれない、のです。

 

 

三角錐を理解するためには、底から見て〇と認識する必要があるし、横から見て△、上から見て〇と認識しなければ本当にそれを理解したとは言えません。

多面的に視点を変えることで初めて物事の本質が見えてきます。

 

机上とリアルな現実との微妙なズレを解消する術を持たずに、あるいは見て見ぬ振りをして突き進んできた私たち医療従事者や医療業界ですが、レイエキスパートの出現によって、多くの医療従事者が「真実は決して一つではない。見方を変えれば。」という事実に気付ける一つの良いきっかけになるのではないかと思っています。

そして、お互いに足らない部分を補い合い、より充実した、不足部分の少ない医療やリハビリの体制が構築されることを願って止みません。

そのためには、「医療従事者にしか分からないことがある」というのではなく、「医療従事者だからこそ分からないことがある」という事実、逆転の発想に、いち早く私たち医療従事者が気付く必要があるのではないかと思うのです。

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結論、”働く環境を自分で選ぶこと”が大切。

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