夏祭りのあとで思うこと


私の友人が泉州のだんじりを曳いています。見に行ったことがありますが、大変興奮するものですよね。今回は夏祭りを見て感じた、リハビリと共通する話をしたいと思います。

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祭りの意味

祭りの意味をご存知でしょうか?

祭りは、

春と秋は豊作祈願と感謝祭、
夏は疫病退散、虫送り・台風除け
冬は新春祝い、町おこし

を願って行われるものです。

基本的には神に対して豊穣祈願と感謝の意を示すものが祭りです。

当時は、穀物や農作物が収穫出来ないことや、疫病にかかることは、究極的には死を意味していました。

不作や疫病の蔓延は生死に直接関わる大きな不安でした。

つまり、死や不安を遠ざけ、生と繁栄のために祭りが催されたということです。

日常と非日常

私はだんじりを見て、凄く興奮して、気持ちがたかぶるのを感じました。

明らかに非日常の場で、臨場感に呑まれました。

祭りは毎日ある訳ではなく、たまにあるところがミソです

日常の中に非日常を持ち込むことも、祭りの隠れた意味であると思います。

日常生活ではエネルギーをどちらかというと抑制させる方に使います。

つまり、自分をコントロールすることにエネルギーを使います。

何故なら、したいことややりたいことをある程度制限することで、日常を続けることを最も優先させなければならないからです。

つまり、日常とは連続性を意味し、連続性は究極的には「生」を意味します。

それに対し、祭りの非日常性とは、エネルギーを爆発、発散させる場であるというところにあると思います。

世界各地や日本でも、少し調べると荒っぽい祭りが沢山あります。

だんじりもそうですが、まだおとなしい方で、

殴り合ったり、急な斜面を木に乗って滑り降りたり・・実際に死者が出ている程で、

本当に大丈夫?てくらい命懸けで祭りをしている人達がいます。

非日常=祭りはエネルギーの爆発、ひいては枯渇を意味し、「死」を想起させるものなのです。

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ハレとケ

日本の文化には「ハレとケ」という概念があります。

「ハレとケ」とは、柳田國男によって見出された、時間論をともなう日本人の伝統的な世界観のひとつ。

民俗学や文化人類学において「ハレとケ」という場合、ハレ(晴れ、霽れ)は儀礼や祭、年中行事などの「非日常」、ケ(褻)はふだんの生活である「日常」を表している。

参考:wikipedia[ハレとケ]

「晴れ着」などの言葉があるように、特別な時・非日常な場面をハレ、普段の日常をケと言う世界観が存在します。

祭りはハレに代表される行事です。

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ケガレ(穢れ)という言葉をご存知かと思います。

これは、日常生活を送るためのエネルギーが枯渇した状態(ケ枯れ)のことを指します。

生をより際立たせる”死の存在”

明るい場所で明るい電球があっても、あまり目立ちません。

しかし、真っ暗闇の中に明るい電球があれば、すぐにその存在に気付くでしょう。

日常の中に、エネルギーを爆発させる非日常を持ち込む祭りは、死の存在を垣間見せることで、今を生きる「生」をより際立たせるのです。

だから、私はだんじりを見て、生を再認識し、言いようのない興奮を覚えたのだと思います。

リハビリは”ハレ”である

入院したり、怪我をしたりした患者さん達の環境は、非日常に置かれています。

入院して、退院することは、ハレからケに戻ることです。
「注意:ハレを”見せ場”みたいに理解されている方がいるかもしれませんが、ここでいう”ハレ”はあくまで非日常ということを意味します。」

私達理学療法士は、必ず、怪我をしたり、病気をした時の特別な状態の人、つまり”ハレ”の人達を相手に仕事をするという特殊性があります。

上述したように、”ケ”の秘訣はエネルギーを抑制し、連続、継続することです。

入院患者さんは自宅に帰ってからが本当にリハビリのスタートだと言われます。

入院中はリハビリをしたくなくても、続ける環境が整っており、比較的簡単に続けることができます。

しかし、家に帰ってからは自分で自分の舵を取ってリハビリをしていかなければなりません。

いくら、ハレ(病院)で頑張ってもケ(自宅・施設などの生活の場)で1年も何もしなければ、元の状態に戻ってしまいます。

今の業界は”リハビリをどうやるか”というところに論点が置かれていますが、今後は”どう続けるか”に論点が置かれることになるのではないかと思っています。

回復期の病院でも、トレーニングに自主トレを取り入れて、患者さんが退院してから自ら行えるように配慮してはいますが、あくまで個人レベルの取り組みです。

まだまだ、システムや環境を整えていかなければ、”ケ”の場でリハビリが根付いていくことは難しいと感じます。

そのためにネットでの情報発信の分野で、何か出来ないか模索していきたいと思っています。

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