エビデンスのあるリハビリに何かしら違和感を感じる人へ。リハビリにとって「バランスは命=魂だ」と思うって話。


今回はエビデンスを求めるリハビリに、なんか「ん?」て思う人に向けて記事を書いています。

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始めに言っておきますが、自分の意見なんて書いても誰にも読まれませんよ。

多くのみなさんにとってどうでも良いでしょうが、私はブログを初めて今月(2015年12月)で6か月目になります。

正直言うと今回の記事のように自分の意見を一方的に書くような記事って全くアクセス集まらないんですよね。

いや、もう本当にびっくりするくらい・・。

 

ブログでアクセスを集めるならオリジナリティを大切にしろ!みたいなことがよく言われてるんで、まぁオリジナルの塊の様な記事を書いたりするのですが、まあ、誰にも読まれず、Google先生にはきっちり黙殺されます。まるでこの世に存在しないかのように。

いやホント冷酷ですよ。まるで血の通った人間の仕業とは思えない、機械のような冷酷さです・・。あ、機械でしたね。google先生。

 

でも6か月コツコツ続けてみて、少し分かったこともあります。

アクセスを集める記事を書くなら、キーワードが月間どれくらいに調べられているか調査して、そのキーワードでググって、一番上に来るサイトを熟読して、それを超える情報量を持つ記事を気合いで書くとアクセスは集まりやすいです。

ほんと気合いですよ。

 

小中高と特に目立ったこともない私は、間違いなく”ザ・平凡”人間なんで、自分の持ってる情報なんてたかが知れてますから、オラー!って自分の全精力を注いで記事に入魂する。

「絶対上位表示させたるんじゃー!!」って気合いをぶち込む。

これがアクセスを集めるコツでしょうか。ただの精神論ですが、たまには時代に逆行して精神論をぶつけさせて下さい。

リハビリ系の記事なら学校で習って、いまいち自分が良くわからなかったこととか、臨床に出てからよくわからなかったことで、さらに後輩に良く聞かれることとかを記事にすると検索に引っ掛かりやすいみたいですね。

 

まあ、偉そうなこと言って、大してアクセス集まってないですけどね。

でも、入魂するようになってから明らかに上位表示されやすくなっていますし、こうすればGoogle先生の反応が良いな、という実感は持てるようになってきたことは確かです。

広義のバランスって何なの?すごくない?魂なの?

リハビリって今根拠ばかり求められるじゃないですか?

 

もちろん根拠もなく、脳卒中のリハビリで歩けるようになるためにひたすら「足を撫でる」っていうリハビリをしている理学療法士はすぐに辞職して欲しいと思いますし、完全に自己満なんで「撫でシコ士」とでも改名すべきです。

 

そんなふざけたことしてたら絶対だめですけど、毎日毎日根拠から考える、秩序良く論理立てて考えるってことから離れた思考をしたいと思うことが稀にあります。

 

 

人間ってバランスがむちゃくちゃ大切です。これはリハビリを通して学んだことでもあります。

身体機能の機能的なバランスとか狭義のバランスのことじゃないですよ。各々の適度な関係性を指す、広義のバランスのことです。

自律神経でも交感神経と副交感神経がバランスをとってるし、筋肉だって相反神経支配でバランスとってるし、リハビリってざっくりいうと、この”バランス”を取り戻すことなんですよね。

筋肉や姿勢のバランスを取り戻すことを機能的リハ、社会的にバランスを取り戻すことを復職リハ、環境のバランスを調整して機能的に欠落した部分を補うことを生活リハと言います。

 

人間にとってバランスを取っている状態って少しのきっかけで崩れてしまうほど脆いものです。これはみなさんも臨床の現場で働いていると強く実感することではないでしょうか。

 

私は「今まで大きな病気なんてしたことなかったのに、こんなことになるなんて思ってもみなかった・・。」と涙を流す患者さんを何人も見てきました。

 

バランスを適切に保ってこの世に人として存在していること、それは奇跡的で、本当に神秘的なことだと思います。

神さまの存在というか、別に神でなくても仏でもおじさんでもサンタクロースでも森のくまさんでも何でも構いませんが、何かとてつもない凄い力が働いて生物や人間が生まれたとしか思えないくらいに人間の体ってバランスが精巧に保たれて活動しています。

リハビリの仕事をしていて、そういう実感が全くない人は少ないのではないでしょうか。

 

よくアニメで人間そっくりのロボットなんかが出てきますが、あんなのいくら科学が発達したって絶対に作れませんよ

人間がこんな精巧なものを作れるわけがない、とリハビリで日々人の体に触っていると強く思います。人間の仕組みの精巧さをなめてるやろ!って思います。それくらい驚異的な精巧さで人体は組織されています。

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ロボット工学を研究している友達がいて、いま人間に限りなく近い動作をするロボットのプログラミングをしているそうなのですが、

「人間の個々の臓器や筋肉なんかの各器官の仕組みはかなり解明されてきて、プログラミングすることはできるけど、それらが総体として働くときの調整方法や程度を解明してプログラミングするのがマジでムリ」って言っていました。

 

この「個々のものがバランスを取り合って総体として働くときの調整方法」のことを、ロボット工学では”フィジオーム”と言います。

 

ラテン語で生命を意味する”physio(フィジオ)”と全体を意味する”ome(オーム)”を合わせた造語なんですが、この友人が言っていることこそ、絶対に人智が越えられない人体の神秘の部分ではないかと私は思うわけです。

平易な言葉で分かりやすく言うと、古来より言われる”魂”ですよね。

 

人間の各臓器を全てどっかから拾ってきて、全部完璧に上手くつなぎ合わせて、さあ動け!って言ったところで動かないんですよ。

その”フィジオーム”を解明してプログラミングしておかないと。

 

つまり、”魂”を科学寄りに言い変えると”フィジオーム”と呼ぶ訳です。

 

どうですか?

こうなってくると、魂とか非科学的で、根拠のない、エビデンスがある訳ない、オカルトな部分が科学と非常に似てくると思いませんか?

結構私が信じている理論で、「真逆は通じる」ってことがあって、本当に真逆の概念って実はかなり似ていることが良くあります。

 

ようするに、科学って「自然界への反抗期」みたいなもんで、自然界にあるものをああだこうだと人間が解釈して新たな名前を付けていく作業なのかもしれません。

「最先端の科学で新しく発見される。」なんてこと言いますけど、実情は既存にあるものを人間がやっと理解して再定義しただけのことってことも多々あるのではと。

 

大体、古来より人類はエビデンスがないものを長く信仰しています。

例えば、どんな”エビデンス野郎(私はエビデンスのあることしかリハビリでしてはいけない、と断言する輩のことをこう呼びます。)”でも、お守りを今まで一度も持ったことがない人はいないでしょう。

お守りにエビデンス(科学的根拠)は無く、科学的にみれば、紙に墨で字を書いただけの物体なんで、お守りを買ってきて踏みつけて、お尻を拭いてトイレに流しても、一切罪悪感を感じないのでしょうか。

そんなことはどんなにゴリゴリのエビデンス野郎でもできればしたくない、と思うでしょう。

 

ヒトってそういうものだと思うんですよね。

 

歴史を見れば、「踏み絵」で有名な隠れキリシタンの弾圧で、4万人の犠牲者がいたらしいですが、エビデンスも何もない、自分の信念のために何よりも大切な命を投げ出した人たちが4万人もいたという事です。

つまり、本来はヒトにとってエビデンスなんかどうでも良くて、あまり重要なものではない。

 

 

だからって、リハビリで気を送ると治る!とかいう人は本当に辞職して欲しいと思いますが、エビデンスがあることしかしちゃダメ!っていうのものまたなんか違うと思うんですよね。特にこういったオカルトチックなものを古来から身近な生活の傍に置き、大切に信仰してきたヒトを相手にする職業をしている場合。(細かい違いですが、ここで使っている”ヒト”は生物としての分類上のヒトを指します。”人”は社会生活を営む人間から見たときに人間を指す言葉です。)

 

要するに、ここでも”バランス”って概念が重要で、エビデンスがある治療を目指しながらも、患者さんと接する時に泥臭い、人間臭い部分を十分理解してリハビリ方法を慎重に選んでいく必要があると思います。

少しはっきり言ってしまうと、「時にはエビデンスが無いことを選択しても構わない、それで患者さんが救われるなら」と思います。

 

エビデンスを中心に組み立てるリハビリになんか違うなーって薄々思っている人も多いと私は思うのですが、いかがでしょうか?

言語化して説明するとこんな感じですか?

まとめ

で、なぜ私がこんなアクセスの集まらない駄文を数時間も費やして書いているのか?という本題ですが、これもバランスを取るためです。根拠がない自分の感想や意見をたまにぶつけてバランスを取ろうと生理的な本能が働くためです。

 

こういう文章を書くと楽しくてあっという間に3時間くらい過ぎてしまいます。しかし、アクセスは集まらないし、一円の足しにもならない。誰も救われない。

 

それでも性懲りもなくまたこういう文章をたまに書きたくなると思います。それが人間ですから。

そうして私はバランスを適度に保ち、長く細くでもブログ運営を続けていくモチベーションを維持します。

本当にここでもバランスって命=魂ですね。

 

 

>>次の記事は「自分を大切にすることは周りの人を大切にすることと同じ」って記事です。

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結論、”働く環境を自分で選ぶこと”が大切。

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